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機動戦士ガンダムSoul 追憶編「絶望に咲く花」

一一いつの時代も人は自分より弱い立場の人間を見つけ、虐げてきた。それが人の本質。だから変わらないし、変えられない。

炎が広がってゆく………かつての栄光と共に、少しずつ崩れてゆく屋敷。

狂気を帯びた暗い眼をした男は、その光景を見つめながら強く思った。

こんな狂った世界なら、何もかも壊してやる!


時は、数週間前に遡る。

「ハルキ、私の事好き?」「……好きだよ。」

恋人の急な問いかけに、戸惑いながらも、徳永ハルキはそう答えた。付き合って3年。恋人のサクラとは大学を卒業したら、結婚する事になっていた。

今日は、彼女の22歳の誕生日を祝うため繁華街に来ていた。

「ずっと一緒にいよう。」

ハルキは、そう言いながら周りの目も気にせず、厚手のコートを着た彼女を強く抱きしめた。

ほのかな温もりと柔らかな感触。二人は、正に幸せの絶頂だった。しかしその時、突然、世界が灰色に変わった。

身体の自由がきかず、声を出す事も出来ない。しかし、ハルキには見えていた。薄ら笑いを浮かべた見知らぬ男が、サクラの背後から近付き

「殺したくなるほど、いい女だな。」

と言いながら、立ち去ったのを...

5秒、いや10秒ほどの時間だったのだろうか。突然、世界は元に戻った。

その途端、サクラはハルキの身体に寄りかかるようにして倒れた。彼女の背中にはナイフが突き刺さっており、そこから、大量の血が止めどなく流れていた。

「サクラ…」

恋人の体温が急速に下がってゆくのをハルキは肌で感じていた。

「な…んで?」

不安と恐怖が混在する眼をしながら、サクラは消え入りそうな声で言った。床に赤く広がってゆく血を見て、周りにいた人間が騒然とする。

「うわっ!」「血が出てる!」

「誰か…早く救急車を!」

ハルキの叫び声が繁華街に響いた。

しばらくすると、通報により一台の救急車と、数台のパトカーが到着した。救急隊員は、サクラの脈と瞳孔を確認すると首を横に振った。

恋人の突然の死に呆然するハルキ。しかし、彼には悲しんでいる時間は無かった。パトカーから降りて来た複数の警官が現行犯として彼を逮捕したのだ。

「さっさと、パトカーに乗れ!」

「違う!俺じゃない!」

ハルキは、必死で自分の無実を訴えた。しかし、この日の繁華街には何百、いや何千もの人が訪れていたのだが、サクラを殺した犯人を誰も見ていなかった。いや、正確に言うと、ハルキ以外には見えなかったのだ。

「俺は見たんです。灰色になった世界で、犯人を…」

手錠をはめられたハルキは、警察に、何度も、そう訴えた。しかし、自分の恋人を殺した殺人鬼の話をまともに聞いてくれる人間など、この世界には居なかった...

事件から数日が経った。ハルキの事件は、新聞やテレビでも

『エリート東大生 突然の凶行』

『繁華街で起きた血の惨劇』

などと大きく取り上げられていた。

徳永ハルキの両親は、連日押し寄せるマスコミから逃げるように屋敷の裏口から出てきた。そこへ、顔見知りの老夫婦が偶然通りかかった。二人は、この老夫婦とかなり親しくしていたのだが………

「こんにちは。」

「………」

確実に聞こえたはずの言葉。しかし、老夫婦は何も言わず、視線を逸らした。

「あの………」

ハルキの母親は、もう一度、話しかけようとした。

「やめておけ。」

そう言いながら、ハルキの父親が制した。

「でも……今まで、あんなに。」

「今は、何を言っても意味がない。しかし、私達だけは、ハルキの無実を信じよう。」

「……ええ。」

ハルキの母親は力なく答えた。

―――面倒ごとには係わりたくない。

仕方が無いとは言え、殺人犯の両親に対して世間というものは、あまりにも冷たい。今まで築き上げてきた関係が嘘だったかのように二人は近隣住民から徐々に孤立して行った。

しかし、彼らの不幸は、これだけでは終わらなかった。数日後、臨時に開かれた役員会議で、ハルキの父親は代表取締役を解任された。しかも、半数以上の役員から『会社の信頼を著しく失墜させた。』と言う理由で数千万にも及ぶ損害賠償を請求されたのだった。

繁華街での殺人事件から20日が過ぎた………警察では、殺害を自供しないハルキに対する執拗な取調べが続いていた。

「お前がやったんだろ?さっさと吐いて、楽になっちまえよ。」

ねちっこい口調で刑事が言う。

「違う。俺は本当に彼女を愛していた。」

「愛していた?背中からナイフで刺したくせに。お前みたいな奴は一番タチが悪いんだよ。」

「俺は犯人を見たんです。灰色の世界で。」

「また灰色の世界か。誰が信じるんだ?そんな話。」

逮捕されてから、幾度となく、こんなやり取りが続いており、徳永ハルキは、肉体的にも精神的にも追い込まれていた。

「いい加減にしろ!」

突然、取調べをしていた刑事がハルキの胸倉を掴み、壁に押し付けると、身動きの出来ないハルキの腹に強烈な膝蹴りを加えた。

あまりの激痛に、膝から崩れ落ちるハルキ。しかし、その刑事は、更に顔を殴ると

「どうだ。喋る気になったか?このクズが!」

と威圧的な眼で見下ろした。

―――このままじゃ、俺は国家権力と言う抗えない力によって殺される………

床に這いつくばり、口から血を流したハルキは、この先に待っている死を強く意識した。

その瞬間、世界は灰色に変わっていった。先程まで、罵声を浴びせながら、ハルキに暴行を加えていた刑事は何も喋らなくなり、石像のように動かなくなった。しかし、ハルキだけは、この世界で動く事が出来た。

―――今なら逃げられる。

灰色の世界を動けるようになったハルキは咄嗟にそう思うと、取調室から出て、真っ直ぐ都内にある自宅に向かったのだった。

「なんだか懐かしく感じるな。」

灰色の世界を数時間掛け、やっと自宅まで辿り着いたハルキは、そう呟くと、玄関の鍵を開け、中に入ろうとした。

―――鍵が開いている。

嫌な胸騒ぎがした。ハルキは急いで、中に入ると両親を探した。

「父さん!母さん!」

静まり返った屋敷に虚しく響く声。廊下や部屋には電気が全く点いていない。しかし、長い廊下の先にあるリビングだけは明かりが点いていた。

ハルキは、その光に引き寄せられるように、ゆっくりと近付いていった………

天井から、ぶら下がる二つの物体。それは、ハルキの事を最後まで信じていた両親の変わり果てた姿だった。

誰も信じる者がいない世界で生きられるほど二人は強くなかったのだ。

その場に崩れ落ちるハルキ。

「やっと来たか。待ちくたびれたぞ。」

声のした方を見ると、灰色の世界で恋人のサクラを殺したあの男が立っていた。

「お前の両親は、真犯人を見つけ出す。とか言って、鬱陶しかったからな。お前と一緒に殺すつもりだった。」

「じゃあ、お前が……」ハルキは男を睨んだ。

「俺が殺したんじゃないぞ。俺が来た時には、もう死んでいた。テーブルの上に遺書もあったしな。」

「何を言って……」

「お前の両親は、周りの人間から疎まれていたんだ。その証拠に死んでから、かなりの時間が過ぎているのに、誰も何も言ってこないし、警察に通報されてもいないだろう。」

男の言葉に、ハルキが愕然としていると、リビングに煙が回ってきた。

「この煙は!?」

「お前は、この世界に嫌気が差し、自ら屋敷に火を付け、両親と無理心中をした。それが俺の描いたシナリオだ!」

そう言うと共に、男は、懐に隠し持っていたナイフを取り出すと突然、襲い掛かってきた。ハルキは身体をひねり避けようとしたが、ナイフは右腕に突き刺さった。

男は無言のまま、もう一本、ナイフを懐から取り出すと

「今度こそ死んでもらう。」と言った。

「うあぁぁぁぁ!」

少しずつ炎が迫る部屋で、ハルキは死に物狂いで抵抗した。やがて、掴み合いになり、バランスを崩した二人は床を転がりながら、部屋の壁に激突した。

数分後、意識を取り戻したハルキが見たものはナイフが腹に深く突き刺さり、今にも死にそうな男の姿であった。

「この世界に……俺達のような化物が生きられる場所なんて無いぞ……ククク。ハハハ……」

途切れ途切れ、苦しそうに言うと最後は高笑いをして、男は動かなくなった。

炎の勢いは凄まじかったが、ハルキは、なんとか屋敷の裏口から逃げのびる事が出来た。

その瞬間、世界は再び、色を取り戻し、動き始めた。

―――父さん、母さん………

燃えさかる屋敷を見ながら、ハルキは呆然としていた。しばらくすると、闇の中の光に群がる虫のように、火事に気づいた近隣住民が、何処からともなく集まり出し、勝手な事を口々に言い始めた。

「前から気に食わなかったんだよ。」

「これで、やっと厄介払いが出来た。」

その言葉一つ一つが、ハルキの心をえぐってゆく。激しい憎悪が身体中を駆け巡っていった。

再び、ソウルを発動した彼は、右腕に刺さっていたナイフを抜き、握り直した。

刺して、抜いて、切って、抜いて、ハルキはただ、その作業を繰り返した。

………数分後、ハルキの目の前には血溜りが出来ていた。足元に転がる無数の肉片を見つめながら、彼は小さく呟いた。

「人って、簡単に死ぬんだな。」

全てに裏切られた男の瞳には何も映らない。彼は、血のこびり付いたナイフを投げ捨てると深い闇に向かって、ゆっくりと歩き始めた...

女、子ども含め、死者50名を越えた猟奇事件をきっかけに「灰色の世界が………」などと言い出す者は精神異常者であり、しかも、人を殺す事を何とも思わない『殺人鬼』と言う風潮が、急速に広まっていった。

惨劇から、数年後、日本に政府直轄の特務機関『ソウルエッジ』が設立される。

そこには、名を変え、姿を変えた徳永ハルキこと『片桐トオル』がいた。

白衣を身に纏った片桐は、研究室で、ほくそ笑む。

―――ここから全てが始まる。

そう思いながら...(終)

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振り返りnote

子供の頃からアニメが好きで、そのまま大きくなった40代です。(*´∀`)♪懐かしいアニメから最新のアニメまで、何でも見てます。