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「お隣の天使様」解題その2 英題の秀逸さ

「お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件」には、英語のタイトルが付いているようで、小説のカバーには必ずこの文言が書かれています。

“She is the neighbor Angel, I am spoilt by her."

spoiltの多く使われる訳は「甘やかす、甘やかしてダメにする」「腐らせる」など(過去形、過去分詞形)ですから、典型的な和訳はこうなります。

「彼女は天使のご近所さん、私は彼女に甘やかされる(甘やかされてダメになる)」

となります。
これは本作品の題名「お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件」の意味をしっかりと踏襲するものとなります。

ところが、ウィズダム英和辞典にはspoilの意味として、第3の意味として以下のものをピックアップしています。

〈人〉を手厚くもてなす, 大切に扱う; 〈客など〉にいいものを提供する

ウィズダム英和辞典

New Oxford American Dictionaryには、第2の意味において以下の派生したものを載せています。

treat with great or excessive kindness, consideration, or generosity

New American Oxford Dictionary

この意味は
「強く、あるいは過剰な親切、思い遣り、寛大さを持って扱う、待遇する」です。この意味で本作品の英文タイトルを翻訳すると、以下のようになります。

「彼女は天使のご近所さん、彼女の親切が、思い遣りが深すぎる(直訳;私は彼女に思い遣られすぎている)」

この意味だとして日本語のタイトルを見てみると、違和感が浮かび上がります。
おそらくこのことはタイトルを考えた方も意図していると考えられます。

「甘え」「甘えさせ」と「甘やかす」「甘ったれる」の違いについては、今でも土居健郎著「甘えの構造」が先行研究、文献として使えます。これらについて深く論考したいのであれば「甘えの構造」を読んでいただければと存じます。多少難しいので、高校生以上推奨といたします。

こと、周と真昼が互いをどのように慈しみ、どのように扱っているかを「糖分カット」しつつ洗い出してみると、「甘やかしてダメにする」あるは「甘ったれてダメになる」という関係とはかけ離れた結び付き方をしていることが分かってきます。

そこで生きてくるのが“spoil"という単語が、あまり知られていない「ひどく、過剰に親切で思い遣りが深い」という意味をも持っているという事実です。

両親の「教育」の賜物として、周は「無尽蔵にも思える思い遣りがあり、愛情深い」人物であることが徐々に語られていきます。その代わり、本作の最初の方では生活能力の無さが目立ち、クラスにおいてもほとんど同級生とも交流していませんでした。

一方で真昼は両親にネグレクトされていたことが大きく影響し、自分で自分を思い遣ることが「たまには自分を甘やかしてもいい」と周に諭されてしまうくらいには下手な人物です。その代わり、生活能力においては完璧といっていいほどに充実していました。それがどのような理由で身に付いたものであれ、その能力は賞賛されて然るべきです。

そんな2人が、まるで「朝に食パンを咥えながら走っていたらぶつかった」くらいには唐突にエンカウントした……出会ったのでした。家がお隣さんであるということも手伝って、2人は加速度的にその仲を深めていく。

この、的確な訳が表に出にくい英文で示されているあたり、この物語のある種
トリッキーな側面が現れているといえましょう。

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