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短編vol.3「二枚メ侍」

西條院津彦丸    侍

みすず       旅籠の娘
お勢        飲み屋の女将

上岡幽園      北町奉行所 同心

佐平        岡っ引き

【江戸 日本橋の噂話】

「聞いた? 」
「聞いた聞いた。麹町でまた見つかったんだって? 」
「ええ! 今月でもう4人」
「若い女性ばかりが4人」
「で……身体の一部……何かにかじられた跡があるんだってさ」
「何それ! じゃあ……妖怪とかそっちなのかい? 」
「バケモノとか? 」
「河童とか? 」
「鬼とか? 」
「いやだよぉ」

―※―【小伝馬の大通り】

お勢  ありがとうございました。
みすず お勢さん。
    今夜はもう店仕舞いですか?
お勢  そうよ。
    こんなんじゃね……商売あがったりだよ。
みすず やっぱり……連続殺しの。
お勢  そう。
みすず おっかない話ですよね。
お勢  おかげで客ハケが早くなって適わないわよ。
    そっちはどうなのよ?
みすず ご多分もれず。
お勢  バケモノだが河童だが知らないけどさ……。
    もうちょっと上手くやって欲しいもんだよ。
みすず 上手く殺してもらっても困りますけどね。
お勢  あれ? 何処行くんだい?
みすず 溜池のご隠居に届け物を。
お勢  今からかい? 
    舟でかい?
みすず 歩きです。
お勢  じゃあ帰りは遅くなるね。
    気を付けるんだよ。
みすず はい……それじゃあ。


―※―【溜池の林道】

みすず はぁ。
    ご隠居たら話が長いんだから。
    やだ……もうこんな時間!
    (回りを見ると暗くなっている。)
    こんなに暗くちゃ……その……早く帰ろう。

不気味な風で林が揺れている。
誰かに付けられている様子。
みすずは何度も後ろを振り向くが誰も居ない。
大きい物音がする。
明らかに囲まれている。
変な笑い声がする。

みすず ちょっと!
    誰なのよ……出てきなさい!
    これでも……これでもね……。
    私なんか食べても……美味しくないんだからね。

変な笑い声が大きくなる。
暗闇がみすずを覆う、
突然……誰かにお尻を触られる。

みすず きゃぁぁぁ!

みすずはお尻を触った人の顔を叩く。

津彦丸 いたたたた。
みすず すいません。
津彦丸 ふむふむふーむ。
    こりゃ失礼。
    あまりに素敵なお尻だったのでな、
    つい触らせてもらったでござる。
みすず はぁ。
津彦丸 もう一度いいかな。
みすず ダメですよ。
津彦丸 金ならあるぞ。
みすず そんな安い女じゃありません。
    (月明かりが津彦丸を照らす。)
    あ! お侍様でございましたか。 
    大変申し訳ございません。
    (頭を下げる。)
津彦丸 ふむ。
    良くないぞ娘。
    侍のような風貌であれば頭を下げる。
    痴漢が侍を模しているかもしれんぞ。
みすず はぁ……そうなんですか?
津彦丸 私は西條院津彦丸。
    公家の血を引く立派な侍でござる。
みすず はぁ。
津彦丸 そなたは。
みすず 小伝場で旅籠を営んでおります。みすずと申します。
津彦丸 小伝場……旅籠……ふむふむふーむ。
    みすず殿お願いがござる。
    実は先ほど江戸に着いたばかりで、
    今宵泊る宿がとれておらぬ。
みすず ええ……そんなお願いでございましたら喜んで。
津彦丸 助かった。
    この季節の野宿はキツイ。
    で……みすず殿。
    追加料金でそなたと一晩遊べるプランはあるのかな。
みすず そういう宿ではございません。
津彦丸 ふむ。

―※―【小伝馬の大通り】

お勢  みすずちゃん。
    みすずちゃん。
みすず お勢さん……こんにちは。
お勢  あんたのとこに泊ってるお侍様いるじゃない。
みすず 津彦丸様ですか。
お勢  大変な二枚目じゃないかい。
みすず はぁ……二枚目ですかぁ?
お勢  それに……かなり羽振りが良いわね。
みすず はぁ……お金は持ってますからねぇ。
    そっちは安心なんですけどねぇ。
お勢  どうしたんだい?
みすず 宿の若い女の子に絡んで大変なんですよ。
お勢  揉め事かい?
みすず いやいやいや。
お勢  なんだい?
みすず 津彦丸様……宿の若い女の子に……。
    「家はどこだい? 」「夜一緒に遊ばないかい? 」
    って口説いて大変なんですよ。
お勢  へぇ。
みすず 若い子はすぐその気になっちゃって。
お勢  はははは!
    愉快なお侍様だね。
    うちの店でも同じ振る舞いだよ。
みすず お勢さんの店にも行ってるんですか!
お勢  私の店だけじゃないよ。
    若い女が居そうな店には全部顔を出してるって話だよ。
みすず どんだけ女好きなんですか。
    はぁ……吉原でも行けばいいのに。
お勢  素人の女遊びが好きなのかもね。
みすず はい?
お勢  お侍様ってのはね。変な奴が多いって相場が決まってんだよ。
    吉原の玄人より初心な町娘の素人の方が良いってね。
みすず はぁ……迷惑な話ですね。
お勢  はははは!
    でも……おかげで町に活気が出てきて嬉しいよ。

女をはぶらせている津彦丸が酔っ払って歩いてくる。

津彦丸 みすず殿! みすず殿!
みすず 津彦丸様。
    まぁまぁまぁ……今日も大層ご機嫌でございますね。
津彦丸 ふむふむ。
    妬いておるのか? みすず殿。
みすず 違います!
津彦丸 むくれた顔もかわいいのう。 
    みすず殿。今夜も頼むよ。
みすず はぁ……今夜もですね……畏まりました。
津彦丸 さぁ! 今夜も盛り上がるぞ!

女達は喜んで津彦丸と一緒に歩いて行く。

お勢  何!
    「今夜も」って……みすずちゃん……まさか! 
    お侍様に体を……。
みすず 違いますよ!
    津彦丸様はああやって町の女、芸者、役者を毎晩宿に呼んでは、
    飲めや歌えやの大騒ぎで……今夜もその準備を……はぁ。
お勢  景気が良い話だねぇ。
みすず お金はたんまりと頂けるので良いんですけれど……。
    こう毎晩だど眠くて眠くて。
お勢  繁盛繁盛で羨ましいねぇ。

「死体だ! 死体があがったぞ! 」

お勢  どうしたんだい?
町人  金橋長屋の井戸にまた若い女の死体が……。
お勢  またかい! 
    こっちの殺しも繁盛してるね。
みすず そういえば……まだ犯人捕まってないんですよね。
お勢  本当にバケモノの仕業なのかねぇ。
みすず そんな……お勢さんたら。

野次馬が死体の周りに集まっている。
そこに現れる上岡。

上岡  皆さん。
    こんな真昼間から仏さんをさらしちゃいけませんよ。
役人  おい!
    お前らヤジ馬をどかせろ。

みすず 誰ですか?
お勢  北町番所のお役人でしょう。
みすず 北町番所?
    居ましたっけ? あんな人達?
お勢  4か月前ぐらいからかな。
    この連続殺人が起きた頃に赴任して来たらしいのよ。
    規律規律で融通が効かないお役人さんらしいわよ。
みすず 詳しいんですね。
お勢  岡っ引きの佐平が店で飲んで愚痴ってたのよ。
    お! 噂をすれば……佐平!
佐平  お勢さんどうも。
    コンチっす。
お勢  また殺しかい?
佐平  へい。
    今回も若い女で畜生。
お勢  あんた現場に行かなくて良いのかい?
佐平  行っても中には入れてくれねえんすよ。
    上岡の旦那が来てから俺達岡っ引き衆は蚊帳の外。
    ほら! 
    あの黒づくめの取巻き連中が今は詰所を仕切ってるんすよ。
お勢  じゃあ……殺しの件は?
佐平  情報も何もありゃしませんよ。
役人  おい佐平!
佐平  やべぇ。
お勢  早く行きな。
みすず 大変だね佐平さんも。
お勢  まあ……何でも良いけどね。
    早く犯人捕まえてくれないと怖くて夜も眠れないよ。
みすず こっちは別な意味で眠れないけどね。
お勢  そんな悩みなら分けて欲しいわよ。
みすず もうお勢さんたら……。
佐平  みすずちゃん。
    ちょっと良いかい?
みすず 私?
お勢  どうしたんだい?
佐平  いや。
    上岡の旦那がみすずちゃんに話があるって。
    今大丈夫かい?
みすず ええ……大丈夫ですけど……私ですか?


―※―【小伝馬の詰所】


黒づくめの役人が佐平とみすずを囲んでいる。
そこに上岡が来る。

上岡  いけませんね。
    お嬢さんが怯えてるじゃありませんか?
    ほら……あっち行きなさい。
 
上岡が黒づくめの役人を追い払う。

佐平  旦那……あっしも出てった方が?
上岡  いえ……そのままで。
    お嬢さんも佐平がいた方が安心でしょう。
みすず ええ……申し訳ありません。
上岡  ご挨拶が遅れました。
    私……北町番所同心の上岡幽園と申します。
みすず 小伝馬で旅籠を営んでおりますみすずと申します。
上岡  お忙しい中ご足労頂きありがとうございます。
    実は……みすずさんの宿を借りているお侍の事で……。
    お話を聞かせて頂けませんか?
みすず 津彦丸様の事ですか?
上岡  ええ……そうです。
    聞けば大層女遊びが盛んだとか?
みすず ええ。
    毎晩毎晩……若い女を宿に連れ込んでは朝までといった具合で……。
上岡  なるほど……若い女をねぇ……昨晩もでしたか……朝まで?
みすず ええ。
上岡  そうですかぁ……。
    みすずさん。本当に津彦丸は朝まで一歩も宿から出ません
    でしたか?
みすず え! 
    出ていないと思います……ずっと……騒いでる声は聞こえて
    いたので。
上岡  聞こえていた……では実際に見ていないんですか?
みすず ええ。
    店中に響くように騒いでいたんで……。
上岡  良く思い出してください。
    本当に津彦丸は宿に居たと思いますか?
みすず え? どういうことですか?
上岡  失礼致しました。
    実は最近の連続の殺人事の犯人……我々は津彦丸だとふんで
    おります。
みすず 津彦丸様が犯人!
上岡  実は違う場所でも同じような事件が起きてましてね。
    その時も若い女と遊ぶ津彦丸によく似た侍が目撃されて
    いるんですよ。
みすず そんな。    
上岡  ……津彦丸は町の若い女に目をつけ……殺す相手を品定をしている。
みすず え……何の為に。
上岡  分かりません。
    ただ……侍というのは変わった者が多くてですね。
みすず あ! 
    ……すいません。
上岡  その中でも名刀を持つ侍は……誰かを斬りたいと言う衝動が
    抑えられない。
みすず 誰かを斬りたい?
上岡  ええ。  
    みすずさん……津彦丸の刀は覚えておりますか?
みすず はい……あ!
上岡  何か思い出しましたか?
みすず いえ……ただ……刀をお預かりしようとしたら絶対触らないで
    くれと……。
上岡  なるほど……。(刀を抜く)
みすず !
上岡  戦が無くなり我々侍と刀は無用の長物。
    一昔前なら侍は強ければ強いほど称賛されました。
    ですが今の世はそうではない。
    武より学問。刀よりも筆。
    そうなると……腕っ節が生きがいだった侍は道を踏み外して
    しまう。
みすず 道を踏み外す。
上岡  人斬り。
みすず そんな。
上岡  津彦丸も例外ではございません。
みすず ……。
上岡  実は……昨日の殺しの現場で我々は犯人と戦いました。
    顔を隠しておりましたが刀の鞘には鬼の紋が。
みすず あ! 
上岡  そうです……津彦丸の刀の鞘です。
    恥ずかしい話……戦いはしましたが……我々では津彦丸に敵い
    ませんでした。
    大した侍ですよ。
    あの力をもっと別の事に使ってくれれば、
    江戸幕府は安泰なものを……。
みすず あの……宿から出てってもらった方が……。
上岡  いけません。
    そんな事をしたら今度はみすずさんの身が危ない。
    ただ……もしご協力をして頂けるなら……。
    あの刀を盗んできてもらえませんか?
みすず 刀。
上岡  鬼の鞘の紋ある刀。
    「鬼丸国綱」
    津彦丸の強さはあの刀の強さとも言えます。
    あなたが刀を盗んで来てくれるなら我々は鬼に金棒。
みすず ……分かりました。ご協力します。
上岡  では……今晩……この場所に刀を持って来てもらえますか?
みすず はい。

―*―【溜池の林道】 

佐平と上岡の所にみすずが刀を抱えて走ってくる。 

佐平  おう!
    こっちじゃこっち。
みすず はぁははぁ。
    はい……これ……これでよろしいでしょうか?
佐平  (みすずから刀を受け取り)
    お疲れ!
    鬼の紋……上岡の旦那ご確認ください。
上岡  ありがとうございます。
    (ゆっくりと刀を抜く)

刀は蒼白く光輝く。
突然……上岡は刀で佐平を斬る。

みすず 佐平さん!!
上岡  みすずさん。
    間違いありません……正真正銘の「鬼丸国綱」。
    やっと我が手に帰ってきました。
    ありがとうございます。

変な笑い声が大きくなる。
みすずがあの晩に聞いたものと同じ声。
気がつくと黒づくめの役人に囲まれている。

みすず 何なんですか? あなた方は?
上岡  さぁ……何なんでしょうかね?
    まぁ……ただの……鬼です。

上岡の頭からは角がはえる。
周りの黒づくめの役人も鬼になっている。

みすず 鬼……まさか……あの晩……私を襲うおうとした……。
上岡  正解です。
    津彦丸さえ現れなければ誰にも気づかれずに食事が出来てた
    ものを……。
みすず ……あなた達が殺したのね。
上岡  殺しじゃありません。
    あなた方人間は我々の食事……家畜。
    ふふふ……あなたのその肉……ずっと食べたかった。
    あの晩にあいつが邪魔さえしなければ!
    まぁ……おかげで鬼丸が我々の手に戻った……素晴らしい刀だ。
    みすずさん。
    本当にありがとうございます。
    そして……さようなら。

上岡の刃がみすずに振り下ろされる。
津彦丸がその刀を防ぐ。

神岡  現れましたね津彦丸。
津彦丸 ふむ……怪我はございませぬか? みすず殿。
みすず 津彦丸様。
    あの……私……何と言って良いか……。
津彦丸 ふむふむふーむ。
    (お尻を触る)
みすず きゃあ!
津彦丸 危ないので下がっていてください。
    私は鬼退治をしないといけませんので。
上岡  ははははは! 
    津彦丸。鬼丸はこちらにある。
    その刀で我々に勝てるかな?

津彦丸は黒づくめの鬼に囲まれる。

津彦丸 ふむ。
    勘違いをしているようだね。
    お前達程度であれば……この刀「童子斬り」で十分。
    そもそも……その刀……我には不要な刀。

上岡  やれ!!

黒づくめの鬼達は津彦丸に一斉に襲い掛かる。
津彦丸は攻撃をかわし黒づくめの鬼を倒す。

上岡  さすがだ。
    我らが御先祖様を退治した刀「童子斬り」。
    そして……あの者の血をひくもの!

月の光が津彦丸を照らす。

津彦丸 かつて帝より鬼退治の命を受けた1枚目の札は吉備津彦命。
    時代が変わり再び鬼がはびこるこの世の中で、
    1枚目に変わり鬼退治を致しますのは、
    2枚目……西条院津彦丸。

上岡  ほざけ!
    刀のサビにしてくれるわ!

上岡が襲いかかる。
津彦丸は上岡に推される。

津彦丸 ふむ……さすが……「鬼丸国綱」。
    使い手がいくら凡庸であってもこれ程の力とは……。
上岡  ふざけるな!

津彦丸は後ろに飛ばされる。
みすずが駈け寄る。

みすず 津彦丸様!
津彦丸 みすず殿。
    大丈夫でございます。
みすず そんな……私よりも津彦丸様が……。
津彦丸 (羽織をみすずに渡し刀を鞘に納める)
    すこし私から離れていてください。

上岡  2人まとめて殺してやるわ!!

津彦丸は目にも止まらぬ速さで上岡を斬る。
みすずは腰がぬけてその場に座る。

津彦丸 ふむ。ようやく倒せたわ。
    みすず殿……危ない事に巻き込んですまなかった。
    では……さらばでござる。(羽織をとり、去る。)

みすず え! 津彦丸様……津彦丸様!
    ……ありがとうございます!

―※―【小伝馬の大通り】

お勢  へぇ……そんなことがあったんだ。
    大変だったねみすずちゃん。
みすず 本当に大変でした。
佐平  マジで大変だったんすから。
お勢  うるせ! あんた良く生きてたねあの傷で。
佐平  頑丈だけが取り柄っす。 
お勢  でもねぇ……あの女遊びのお侍がね……鬼退治とはすごいねぇ。
    人は見かけじゃ分からないねぇ。
みすず そうなんですよ!
    あ……それで私思ったんですよ。
    津彦丸様があんな風に騒ぐのは、
    本当の自分を隠すために無理やり騒いでるんだと思います。
    あえて遊び人を演じることで敵を油断させる。素敵です津彦丸様。
お勢  なるほどねぇ。

そこに……。

津彦丸 ふむふむふーむ。(みすずのお尻を触る)
みすず きゃあ!

女をはぶらせている津彦丸が居る。

お勢&みすず え! 津彦丸様! 

津彦丸 みすず殿。
    女の子達が帰っちゃ嫌だって言うからさ……もう一晩良いかな?

【二枚メ侍 おしまい】


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