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短編vol.2「雨若宮菊理さん家のお役目」

【登場人物】
雨若宮 菊理(あめわかみや きくり)
矢代 春太

手島 
大家さん
土地神・涼花(すずのはな)

―*― 【プロローグ】

春太が男2人に殴られている。
春太は男から逃げようとするが、捕まりまた殴られる。
男は刀を抜いて春太めがけて振り下ろす。

春太  人は死ぬ時。走馬燈のように今までの人生が駆け巡ると言う。
    今がまさにその時だ。
    俺は死ぬ。
    あと一撃で……死ぬ……確実に死ぬ!
    ほらやっぱりそうだ。
    さっきよりも全てがゆっくりに見える。
    走馬灯のように今までの思い出が……。
    でもどうしてだ?
    どうしてごく普通の苦学生が日本刀持っているヤクザに殺されな
    きゃいけないんだ。
    どうして俺はこんな目にあっているんだ!

―*― 【12時間前 春太下宿】

下宿の大家が春太の部屋をノックする。

大家  矢代さん! 矢代さん! 
春太  (ドアを開ける)
    大家さん……おはようございます。
大家  おはようございますじゃないよ。
春太  え? もうそんな時間ですか? やばい今日は……。
大家  まだ8時だよ。
春太  朝じゃないですか。驚かさないでくださいよてっきり……。
大家  そういうこと言ってんじゃないよ!
    挨拶の前に何かあるんじゃないかって言ってんだよ。
春太  はぁ……。
大家  家賃払いなさい!
春太  ああ。それですか。
大家  他に何があるんだよ。
春太  すいません! 来月には耳を揃えてしっかりとお支払いします
    ので!
大家  先月も先々月も聞いたよ。
春太  苦学生の常套句だと思って大目に見てください。
大家  黙らっしゃい!
    いいかい。
    今月払ってもらえなければ下宿から出て行ってもらうよ。
春太  そんな殺生な。

大家はドアを閉めて出ていく。

―*―

春太  時は1921年。大正時代。
    明治と昭和に挟まれた15年という短い時代。
    自動車が都市交通の桧舞台に踊りでてからと言うもの、
    目まぐるしいスピードで東京は近代化の一途を辿った。
    坂本龍馬が日本を洗濯いたし候と言っていたが、
    洗濯して乾かしたら、
    こんな事になっているとは夢にも思わなかっただろう。
    夢にも思わないと言えば今の女性がそうだ。
    ひと昔前では女性蔑視の大名行列だったが、
    銀座にくり出せば肌を露出させた女性がパラソルの下コーヒーを
    飲んで英語を話す。
    3歩下がって男の後ろを歩く姿はどこへやら。
    これをモダンニズムと呼ぶのだろうか? 
    それとも自由主義と呼ぶのだろうが?
    まぁ。呼び方は中流階級の批評家が髭をいじりながら講釈すれば
    良いことだ。
    問題なのは今の俺にはお金が無いということだ!
    いくら「大正ロマン」と言ってもお金が無ければ何のロマンも
    ありゃしない。
    それは時代がどれだけ変わっても変わることがない。

強い風が吹く。
春太は足元に飛んできた一枚のチラシを見つける。

春太  えー!!  執事募集。月収50万!
    
―※―【雨若宮家の門の前】

春太  すいませーん!
手島  はい。なんでしょうか。
春太  あの……このチラシを見て来たんですか? 
    まだ募集していますか?
手島  チラシ? そのようなもの当家では。
春太  え? これですけど。
手島  ……そう言うことでございましたか。大変申し訳ありません。
    少しここでお待ち頂けますか。
春太  はい。
    ……すげー家だな。
    財閥かなんかの家かな……敷地の中に山があるし。
手島  お待たせ致しました。どうぞお入りください。

―※―【雨若宮家の応接室】

手島  こちらでお待ちくださいませ。(部屋を出て行く。)
春太  はい……(屋敷を見渡す)凄いな。

手島が部屋に戻ってくる。

手島  お嬢様。菊理お嬢様こちらでございます。

雨若宮菊理が部屋に入ってくる。

菊理  手島いったいどうしたの?
手島  菊理お嬢様の文字を読めた者が現れました。
菊理  へぇ……。
手島  こちらの殿方でございます。
菊理  その馬鹿面がか?
春太  馬鹿……。
手島  (春太へ)申し訳ありません。
    もう一度それを見せてもらえますか?
春太  あ……はい。(チラシをだす)
菊理  おい馬鹿面。
    もう少し高くあげろ。
春太  ……はい。
菊理  おい!
    そこに書かれている文字を読んでみろ。
春太  あのな……。
手島  お願い致します。
春太  だから執事募集月収50万。
菊理  長ド急の馬鹿か! 
    もう一度しっかりと読んでみろ。
春太  は?
菊理  早くしろ!
春太  馬鹿馬鹿って偉そうだな……ええ!
    この文字が読めた者は雨若宮菊理様の執事として言う事を何でも
    聞く。
    変わってる!
    て言うか文章が変わってるし。 
    おい! これどういうことだ……。
菊理  うるさい! うるさい! うるさい!
手島  菊理お嬢様。
菊理  手島よ。これが天のご意思であれば従わねばならぬな。
手島  はい。  
菊理  はぁ……それでは次のお役目から連れていく。
    後は頼むぞ。
手島  畏まりました。
    それでは準備に入らさせていた頂きます。(部屋を出ていく)

春太と菊理の2人きりになる。

春太  あのさ……これっていったいどういう事なの?
菊理  近いわ! 離れなさい!
    いい。
    あんたは今日から私の執事になったんだからね。
    自覚しなさい……だから近い! もっと離れて。(春太を叩く)
春太  イテ! え? 執事! どうして?
菊理  あんたがさっき読み上げたでしょう。
春太  ああそうか。
    あれどこいった?
菊理  ここにあるわよ。
    これはあんたと私の契約書。
(チラシに向かって)雨若宮菊理契約を認めます。

チラシは光って消えていく。

春太  消えた! どうなってんだよ……お前手品師か?
菊理  近い! 近いわよ! 馬鹿執事!
春太  お……すまない。
菊理  あんた名前は?
春太  矢代春太。
菊理  ご両親は何をしている方?
春太  農家だけどそれがいった……。
菊理  その前は?
春太  あのそれって……。
菊理  あんたの質問は認めない。いいから答えなさい。
春太  あんま覚えてないけど……昔はじいちゃん……山を持ってたな……
    神社があったか? 
    その時はそう言う事してたみたいだけど……じいちゃんの頃の話
    だからさ。
菊理  血は薄くなっても……それなりのモノと言うことかしらね。
    まあいいわ。
    いい? あんたは今日から私の執事よ。この雨若宮菊理様の執事に
    なったのよ。
    私はお嬢様。そういう扱いよ。心得なさいね。
春太  雨若宮菊理。
菊理  菊理様って呼びなさい! 馬鹿執事。
春太  はぁ。
菊理  聞いているの!
春太  はいはいはい。菊理様。
菊理  いい、私の言葉には返事は一回!
春太  はい!

急に春太の横に現れる手島。

手島  菊理お嬢様は雨若宮財閥のご令嬢でございます。
春太  びっくりした!
    雨若宮財閥……聞いたことないですね。
手島  それはそうでございましょう。
    雨若宮一族は日本を裏側で支えていた財閥でございます。
春太  裏側から……。
菊理  手島余計な話はいいからそいつを頼むわよ。
手島  畏まりました。菊理お嬢様。

菊理は部屋を出て行く。

春太  あの……手島さんでしたっけ。
手島  はい。矢代様。
春太  春太でいいよ。あのさ手島さんって……ここの執事さんだよね。
手島  はい。
春太  ですよね。じゃあどうして執事募集なんて。
手島  それは私が菊理お嬢様の執事として十分な働きが出来なくなった
    からでございます。
春太  あのワガママに耐えられなくなった?
手島  違います。御屋敷内のお世話だけなら問題ありません。
    問題なのはお役目のお世話でございます。
春太  お役目のお世話?
手島  年には勝てませんでした……情けない。
春太  あのう……お役目と言うのは?
手島  直にお分りになります。
    ご心配には及びません。菊理お嬢様の文字が読めた春太様ならば。
春太  はぁ。
手島  春太様。
    菊理お嬢様をお頼み申し上げますよ。
    この手島。菊理お嬢様にもしもの事があれば生きてまいれません。
    くれぐれもくれぐれもお願い致しますよ。
    春太様の骨は拾っておきますので。
春太  骨って……。

―※―

春太  時は1921年。大正時代。
    近代化という波が押し寄せてくる昨今。
    「財閥よろしく」「オカルトこんにちは」のワガママお嬢様に、
    ひょんなことから執事として雇われることになった。
    しかも!
    「直に分かります」「骨は拾っておきます」という意味不明な
    言葉を浴びせられたまま、
    私矢代春太はお役目とやらに同行することになったのだ。

―*―【廃工場にて初のお役目】

春太と菊理は廃墟の前にいる。

春太  あのう。
菊理  ……。
春太  菊理お嬢様。
菊理  何!
春太  何を怒っておられるのでしょうか? 
    それと俺は何をする為にここにいるのでしょうか?
    それと……お嬢様の……その……素敵なお召し物はいったい
    どういう事なのでしょうか?

菊理は純白な着物の上に鶴柄白無地の羽織を着ている。

菊理  うるさい! うるさい!
    馬鹿執事の癖に質問ばっかりするんじゃないわよ。
    この服は……。
春太  お似合いですよ。
菊理  ……うるさい!
    それよりあんた。しっかり身を清めてきたんでしょうね。
春太  身を……ああもちろんです。
    もう隅から隅まで綺麗にしてきましたよ。
    見ますか?
菊理  うるさい! 変態執事! 
    ほら行くわよ。
春太  あの……行くって。
菊理  御神前によ。
    聞こえないの? 土地神様がお嘆きになっているのよ。
春太  土地神様?
菊理  厄災神になられる前に御寝所を直すわよ。
春太  治すって……御寝所? 何をするんですか?
菊理  あんた馬鹿? 
    神様の御寝所を直すのよ。
    家のリフォームとは訳が違うの。
    壊れかけた結界を再構築して安心できる空間を創る。
    分かる?
春太  ……分から無いので静かにしてます。
菊理  フン……見つけたわここね。

壊れた小さい祠がある。

菊理  酷いわ。
    何て事を……。
    (壊れた祠の破片を拾って)人よ……どうして忘れる。
    この国が……この島が今あるのは八百万の神様が支えてくれている
    からでしょう。
    自然の恵みを神の恵みを……どうして感謝しない。
    なんて……愚かな……ごめんなさい。

菊理は祠を前に涙を流す。

菊理  何を見てるのよ馬鹿執事。あんたも綺麗にしなさい。
春太  はいはい。
菊理  私はご挨拶をするから静かにしてなさいよ。
   (祈る)

小さな光が2人の前に現れ人の形になる。
    
涼花  誰じゃ騒がしいのう。
春太  わぁぁぁぁ!
菊理  (春太に)静かに!
    涼花神でございますね。
    お騒がせして申し訳ありません。
    私雨若宮14代目当主菊理と申します。
涼花  雨若宮家か懐かしいのう。
    絹江は元気か。
菊理  絹江おばあさまは昨年亡くなりました。
涼花  そうか……人の時間は短いのう……ではそなたは絹江の。
菊理  孫にあたります。
涼花  そうかそうか絹江によう似ておるのう。 
    ふむ。そなたらが来たという事は寝所の修繕か?
菊理  はい。
涼花  わらわもこのあり様には耐え切れなくなってたとこじゃ。
    礼を言おう。
菊理  もったいないお言葉。
    しっかりとお役目全うさせて頂きます。
涼花  後ろの者は?
菊理  お目を汚し申し訳ございませぬ、
    あの者は私の僕でございます。
春太  おい。
菊理  馬鹿! 静かにしなさい。
涼花  ふふふ……面白い血を持ったモノを仕えさせておるな。
菊理  ?
涼花  よいよい。
    いずれ分かることじゃろう。さぁ。はじめてくりゃれ。
菊理  畏まりました。

菊理は再び祈りに入る。菊理の周りには光の繭が現れる。

春太  あのう……菊理お嬢様……これは。
菊理  私はこれから涼花神の御寝所、結界修復の儀式にはいるわ。
春太  それって……。
菊理  黙って聞きなさい。
    今から私は無防備になるからしっかり守るのよ。
春太  守るって?
菊理  結界術式を詠んでいる間。私は異世界と現世の狭間に降りるの。
    その間に外界からの衝撃を受けると現世に戻って来られなくなる。
    分かった? 
春太  とにかく菊理お嬢様に誰も近づかせなければ良いってことだろ。
菊理  ま……そう言うことよ。頼むわよ馬鹿執事。
    それでは涼花様儀式にはいらさせて頂きます。

菊理が術式を詠む。
菊理の周りには違う空間が作られる。

春太  おお!
    すげーなこりゃ本物だな。
    神様ねぇ……本当にいるんだねぇ……そうか……。
    (こみあげてくる懐かしい思い出) 
    そうだよな確かにいたな神様は。

春太は菊理の術を見ている。
後ろからヤクザ風の男が2人現れた。

男   おい! お前……そこで何してる?
春太  マジかぁ……ヤバいの来たな。
男   何だお前! 殺されてぇのか。
春太  いえ。殺されたくはありません。
男2  ここが誰のシマか分かってんのか。
春太  ……どこの島……日本? ナンチテ。
男   ふざけてんのか!
春太  すいません。すいません。
男   おい!
    その女は何やってんだ。
春太  あ……これは……その……お祓いみたいなものでして……。
男   今すぐに止めさせろ!
    勝手にいじってんじゃねぇよ。

男達が菊理の傍に行こうとする。
男達の前に立ちふさがる春太。

春太  ちょっと待ってください。
男   どけ! (春太をどかせようとする)
春太  (食い下がる)すぐ終わりますので。
男   は! 今終われよ。
春太  後少しですから。
    あのぅ……菊理お嬢様聞こえてらっしゃいますか?
    後どれくらいかかりますか?
菊理  あと3時間はかかるわよ。
    早くそのウスラ馬鹿たちを追い払いなさい。
    神前なのよ。集中できないわ。
春太  あのう。
菊理  早くしなさい馬鹿執事。
春太  そういう事なので3時間程したらということには……。

春太が男2人に殴られる。

男   殺すぞ!
春太  殺すって……そんな……。
男2  安心しろ。
    そこに埋まっている他の連中と同じだ。
    上からコンクリかければ誰にも分からねぇ。
春太  ここにお前達が殺した人達が……。
男   寂しくねぇぞ。
    お前もそこの女も仲良く一緒にな。

春太はまた殴られる。

男   ほら。そこをどけ。
春太  嫌だ!
    どかない! いいか! 
    ここはお前達が汚していい場所じゃないんだ。
    ここは……俺やお前達が生まれるずっと前から、
    ここがまだ緑で溢れていたずっと前から、守ってきてくれた方の
    土地だ。
    出て行くのはお前達の方だ!!
男   いい根性してるじゃねぇか(春太めがけて刀を振り下ろす。)

刀は春太にあたる前に壊れる。

涼花  人間よ。
    よくぞ言うた。お主にわらわの力を少し授けて進ぜよう。
春太  これは……。(春太の体が光る)
涼花  人間よ。
    下賤の者達を追い払え! それぐらいは十分にできよう。
春太  はい! 畏まりました!

春太は男達を追い払うが同時に気を失う。

―※―【雨若宮家 応接室】

「起きなさい……起きなさい……起きなさい! 馬鹿執事! 」

春太は目が覚めると、雨若宮の家のソファーで寝ていた。

春太  ああ! 
    手島さん。お嬢様。あれ……ここは。
手島  ここは雨若宮家でございますよ。
春田  え……俺は……あれ? 涼花様から力を頂いて……あいつら
    追い払って……あれ?
菊理  馬鹿!
    それであんた気を失ったのよ。
    まぁ当然よ神様の力を普通の人間が使うんだからね。
春太  で……お役目は。
菊理  問題無いに決まってるでしょう!
春太  そうか……じゃあ涼花様は、御寝所にお戻りになられたのか……
    良かった。
菊理  ま。あんたにしては良くやった方ね。
春太  ああ! でもあそこヤクザのシマだって。
手島  大丈夫でございます。あそこ一帯の土地は雨若宮家が買い取り
    ました。
    祠の周りにはお社を立てますので問題ございません。
春太  はぁ……そうですか……それはそれは。
菊理  それとあんた。
    今日からこの屋敷に住んでもらうから、私が呼んだ時は
    すぐ来るように。
春太  はい。分かりました……ええ!。
手島  大家様とはお話をして延滞された家賃も払っておきました。
    大変喜んでおられました。
春太  はぁ。
菊理  ああ! 疲れた! 馬鹿執事! 私の部屋に甘い物と紅茶を
    持って来なさい。
春太  甘い物ですか?
菊理  早くしなさい! 馬鹿執事! 私を誰だと思ってるの?  
春太  分かりました! 菊理お嬢様! 

【雨若宮菊理さん家のお役目 おしまい】

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