見出し画像

短編vol.8「スマホと手帳」

【登場人物】
芹沢百合花 アイエムオー商事 マーケティング部 28歳 
田島雄介 アイエムオー商事 営業部 37歳 

アイエムオー商事では社内ベンチャーコンペを公募している。
マーケティング部所属入社5年目の芹沢百合花は高齢者向けの移動販売事業を提案する。
百合花が提出した新事業プランは見事に一次選考を通過して、残るは取締役へのプレゼンを待つのみ。
百合花の上司光浦本部長は取締役へのプレゼン発表を2週間後に控え、
新事業プランについて営業部の意見を取込むようにと指摘する。
そこで営業部から派遣されたのは入社15年の係長・田島雄介。

百合花と雄介は2週間後の取締役へのプレゼンに備え新事業プランを見直すことになる。

プレゼン前日。
百合花の上司へ事前発表を行うが、そこでとんでもない指摘がはいる。

[アイエムオー商事の 会議室]

勢いよく部屋に入ってくる百合花。
少し遅れて雄介も入ってくる。

百合花  ちょっと……あれ……どういう事ですか?
雄介   芹沢さん。
     落ち着いてください。
百合花  落ち着いてますよ。
     ただ……理解が出来ないだけですよ。
     社内ベンチャーコンペのプレゼン本番は明日ですよ……明日。
     え……という事は何?
     今から全国の営業所にヒアリングしてまとめろって?
     無理でしょう?
     今何時でしたっけ?
雄介   5時をまわりました。
百合花  分かってます……え! 
     5時?
     営業所の数……どれだけあると思ってるのよ。
雄介   23拠点ですね。
百合花  知っています!
     ああ!
     ここまでやってきたのに……。
     これ……嫌がらせですよね。
雄介   嫌がらせって……光浦本部長の事だから意図があって……。
百合花  ……。
雄介   あのう……現状のままで社内ベンチャーコンペをすると
     言うのは? 
百合花  駄目です。
     光浦本部長からは、
     ヒアリング内容を追加した資料を必ず事前にメールしろと
     言われています。
雄介   全営業拠点じゃなくて数件と言うのは……。
百合花  光浦本部長には通じない理屈ですね。
雄介   そうですよね。
     はぁ……。

百合花はパソコンを開き、営業所へのヒアリングシートを作成する。
雄介は会議室を出てコーヒーとカフェオレを持ってくる。

雄介   (百合花にカフェオレをだす)どうぞ。
百合花  ありがとうございます。
雄介   カフェオレです。
     落ち着きますよ。
百合花  (カフェオレを飲む)
     ふぅ……丁度飲みたかった。
雄介   そう思いました。
百合花  ……田島係長。
     気持ち悪いぐらいに私の好みを知ってますね。
雄介   そりゃぁ……この2週間ずっと一緒でしたから、
     芹沢さんの好みはばっちり手帳にメモしてます。
百合花  ……はぁ。  
     田島係長には、
     お忙しい営業部の仕事の合間に、
     毎日毎日頼んでもいないのに、
     どこから聞いてきたか、
     私の好きなものを持参して、
     違う部署の初対面の女社員が作った
     社内ベンチャーコンペのプレゼン資料に、
     営業部の視点からご意見を頂いて、
     本当に感謝しております。
雄介   何かお別れみたいな言い方だね。
百合花  明日の本番が終わればお別れです。
     本当に寂しいです。
雄介   じゃあ……今夜こそ一緒にご飯を……。
百合花  ……。
雄介   芹沢さん。
百合花  ちょっと!
     間違えちゃったじゃないですか。
雄介   何をしてるんですか?
百合花  ヒアリングシートを作ってるんですよ。
雄介   さすが芹沢さん仕事が早い。
百合花  時間が無いんですよ。
雄介   そうですよね。
百合花  後でチェックしてくださいね。
雄介   畏まりました。
     あ……そうだ。
     マーケティング部のみんなに応援を頼んでみたらどうですか?
     ほら……グループラインとかで……本当若い子はスマホを使い
     こなして……。
百合花  ……大丈夫です。
雄介   大丈夫……さすが仕事が早い。
百合花  いえ……応援は必要ありません。
     (スマホを見る。)   
     これは私の仕事ですから。
雄介   ……そうですか。
百合花  間違えました。
     私と田島係長の仕事です。
雄介   2人の仕事。
     嬉しい響きですね。
     芹沢さん今晩一緒に……。
百合花  行きません。
雄介   芹沢さんが行きたがっていた、
     ジンギスカン屋の予約が取れたんだけどな。
百合花  残念ですけど、
     別の方を誘ってください。
雄介   残念という事は行きたいっていう……。
百合花  仕事しましょう。
雄介   はい。

雄介はノートパソコンを起動して手帳を眺めながらメールをしている。
百合花はスマホを見ながらノートパソコンの画面を見ている。

百合花  私に付きまとうとロクなこと無いですよ。
     昨日も言いましたけど、
     昔付き合っていた男が乱暴な男で……。
雄介   他の男と歩いていると殴るって言う。
百合花  はい。
雄介   でも別れたって?
百合花  しっかり別れましたよ……でも……ちょっと何書いてるんですか?
雄介   いや……芹沢さんの事はメモっておかないと。
百合花  止めてください。
雄介   はははは(手帳を閉じる)
百合花  だから……私に付きまとわらない方が良いですよ。
     田島係長が殴られるとこ見たくないです。
雄介   分かりました。
     これは遠回しに……いや……直接的か……断られているんですよね。
百合花  はい。
雄介   分かりました。
     付きまとうのは止めますけど、
     百合花さんへの気持ちは変わりません。
百合花  ……。
雄介   だから……。
百合花  (プレゼン資料をみせて)
     まずは終わらせませんか?
雄介   そうですよね……ごもっともごもっとも。
     (手帳を開く)

ノートパソコンに入力して頭を抱える百合花。
雄介は手帳を見つめ書き込む。

―※―
2時間後 19時

ノートパソコンと睨み合っている百合花と雄介。

百合花  どうですか?
雄介   5拠点のヒアリングシートをまとめました。
     芹沢さんは?
百合花  8拠点。
雄介   さすが仕事が早い!
     これで13拠点ですね……ようやく半分。
     しかしこの時間に営業所から返信来ますかね。
百合花  あと30分経っても返信が無い営業所には、
     直接電話をしてください。
雄介   直接……。
百合花  何か?
雄介   いえ……別に……。
百合花  ……お願いします。
     (パソコンにヒアリング内容を入力する)
雄介   ……芹沢さん。
百合花  …………はい。
雄介   どうして……社内ベンチャーのコンペに応募したんですか?
百合花  …………何となくです。
雄介   何となく。
百合花  ……田島係長。
     手止まってますよ。

2人はノートパソコンに向かう。
百合花のスマホが鳴る。

百合花  (スマホをとる)
     はい……芹沢です。
     いつもお世話になっております。
     え……届いていない。
     そんな事は……え……そうですよね……はい。
     至急確認します。
     はい……明日の朝には……10時まで……分かりました。 
     はい! 畏まりました!
     はい! 
     申し訳ありませんでした!
田島   どうしたんですか?
百合花  いえ……その……手配したはずなのに。
      (スマホをみる)
     ……そんな。
田島   今の電話は?
百合花  代理店からです。
     来月出る新商品の発売前イベントをお願いしたんですけど、
     肝心の商品が届いていないって。
田島   もしかしてイベントは?
百合花  明日です。 
田島   明日って……。
百合花  (スマホをかける)
     遅くにすいません。
     マーケティング部の芹沢ですが、
     あの……商品の発送をお願いしたいんですけど、
     ……分かってます。
     でも……明日に無いといけないんです。
     はい……はい……そうです。
     その商品です。
     人がいないって……じゃあ私が行きます。
田島   芹沢さん。
百合花  今からだと……えっと……11時には倉庫に……
田島   芹沢さん。
百合花  (田島に)大丈夫です。
     私の仕事ですから……私の問題なんです。
     あの……商品の状態は……。
田島   芹沢さん。
     (芹沢のスマホを奪って切る)
百合花  ちょっと何するんですか!
田島   芹沢さん自分で運ぶつもり?
百合花  はい。
田島   明日の資料はどうするの?
芹沢   それは……終わってから。
田島   終わるのは何時?
     それに資料だけじゃないでしょう。
     明日は社内ベンチャーコンペの本番だよ。
     芹沢さんの体調も万全じゃないと。
芹沢   そんな事言ったってこれは私のミスなんです。
     私の仕事で私が……私がどうにかしないと!
田島   ……。
芹沢   ……。
田島   (手帳をめくり……電話をかける)
     あ……もしもし……酒飲んでた?
     へへへ。
     ご無沙汰してます。
     いやいや……そんな……まだ9時前ですよ。
     お願いしますよ。
     夜間用ルート配送に商品乗せれない?
     お願いお願い……これね……新商品だから、
     社運がかかってるから大事な仕事だから。
     そんなこと言わないでよ。
     (芹沢に)納品先は?
芹沢   ビックサイト。
田島   ビックサイト……そう……有明国際展示場。
     (芹沢に)常駐はいる?
芹沢   います。
田島   今夜中なら問題ないから、
     常駐の人間がいるから連絡先は後で送るよ。
     じゃあ……詳細送るね。
     へへへ……今度おごるから。
     (電話を切る)
     ……ふぅ……手配完了。
     芹沢さん詳細教えてね。
芹沢   ……今の電話は?
田島   ああ……配送部の部長。
     大丈夫、大丈夫。
     長い付き合いだから安心して。
     ほらほら……代理店に電話をしないと。
芹沢   あ……はい……ちょっと失礼します。
     (スマホを持って会議室を出る。)

田島はノートパソコンを見つめてにやける。
芹沢が戻ってくる。

田島   どうでしたか?
芹沢   はい……どうにか。
田島   それは良かった。
芹沢   ……田島係長……ありがとうございました。
田島   そんな……頭上げてください。
     こんなの営業部じゃ日常茶飯事だから。
     「営業は常にお客様目線。
      どんな無茶にも対応可能それが営業だ! 」
     これ……光浦本部長の口癖だから。
芹沢   ……。
田島   光浦本部長、入社当社の上司だから。
     営業のイロハを叩きこまれたよ。
芹沢   ああ……そうだったんですね。
田島   それと芹沢さんに良いお知らせが。
芹沢   はい。
田島   全営業拠点のヒアリングが終了しました!
芹沢   え?
田島   ごめんなさい!
     勝手に残りのヒアリングをマーケティング部に応援頼んじゃい
     ました!
芹沢   ……田島係長は凄いですね。
     配送部だけじゃなくてマーケティング部にも顔が利くんですね。
田島   え……いやいや……さすがにそれは無いよ。
芹沢   だって。
田島   これは……芹沢さんが困っているから助けて欲しいって
     頼んだら、
     みんな……芹沢さんの助けになるならって引き受けて
     くれたんだよ。
芹沢   ……そうなんですか。
     (スマホを見るとマーケティング部の同僚から応援のラインが
     入っている)
芹沢   ……。
田島   さ! 
     後は本部長にメール送れば終わりです。
芹沢   はい。
田島   あ! 
     早く終わったからこの後食事……。
芹沢   ……。
田島   冗談です。
芹沢   …………どうしてですか?
田島   はい?
芹沢   私の事何も知らないのに……。
     ……どうしてそんな事言えるんですか?
     私のことなんて……。
田島   うーん。
     僕が知らないのは芹沢さんの物理的な背景だけで、
     芹沢さんと言う人は十分に分かっているつもりですよ。
芹沢   ……。
田島   ……。
芹沢   (笑う)
     田島さん。
     明日のプレゼンの為に体力つけたいんですけど、
     ジンギスカン屋まだやってますかね?
田島   もちろんです。


よろしければサポートをお願いいたします。劇団運営に活用させていただきます!