見出し画像

北欧神話詩『巫女の予言』導入部

 今回は北欧神話詩Völuspá「ヴォルスパー」の翻訳・解説を行いたい。
 タイトルは「巫女の予言」を意味し、世界の始まり、巨人・神々・人間の誕生、そして終末のラグナロクをも描いた壮大な叙事詩である。
 北欧神話の原典資料『古エッダ』の冒頭を飾る一編で、古ノルド語文学の最高傑作の呼び声も高い。
 古エッダの成立年代は後800-1100年頃に渡り、13世紀初頭にアイスランドで編纂されたという。

 古ノルド語はアイスランド語などの祖先言語で英語やドイツ語とも近縁関係にあり(ゲルマン諸語)、さらに広く捉えればラテン語、古代ギリシャ語、サンスクリット語などとも繋がりがある(印欧語族)。
 固有名詞解説などのコラムも交え、多くの人が古ノルド語や北欧神話、そして言語学に親しむきっかけとなることを願って筆を執りたい。

最高神オーディンと予言者の巫女 (PDM)

画像1

 凡例は後述。テキストは写本ごとに多少違いがあるので注意。
 片仮名表記は読み上げを考慮した近似音とする。
 文法や韻律、北欧神話などの詳細は順を追って言及していきたい。
 他動詞文の基本語順はSVOである。


1. 始まり Hljóðs bið ek allar …

[1] Hljóðs bið ek allar / helgar kindir,
meiri ok minni / mögu Heimdallar;
viltu, at ek, Valföðr! / vel framtelja
forn spjöll fíra, / þau er fremst um man.

フリョーズス・ビゼカッラル / ヘルガル・キンディル
メイリ・オク・ミンニ / モグ・ヘイムダッラル
ヴィルトゥ・アテク・ヴァルフォズル / ヴェル・フラムテリャ
フォルン・スピョッル・フィーラ / サウエル・フレムストゥンマン

聞きたまえ、私は求める すべての聖なる種族に
高きも低きも  ヘイムダルの子供たちに
ヴァルフォズルよ、あなたは望んでいるはずだ 私が巧みに語るようにと
太古の人類の軌跡を 私が始めからひとつずつ覚えていることを

1-1

hljóðs「傾聴について」
 hljóð「沈黙,聞くこと」(名)→a. n. sg. gen. (cf. E. loud)
 古ノルド語の名詞は文中での役割に応じて形を変える。
 hljóð→hljóðsの-sは英語に所有格として残る-’sと起源関係がある。ここでは「〜の」というより「〜について」といった意味合いだろう。

hljóð (名)→a. n. sg. gen.
この表記はhljóð (名詞, a幹, 中性)の単数属格がhljóðsであることを表す。凡例は後述。

bið「求める」
 biðja「願う,求める」(動)→str5j. 1sg. (E. bid「命じる,告げる」)
 "対格(+acc.)へ属格(+gen.)を求める"という形で使われる。
 hljóðs bið「傾聴を-求める」が古風なOV語順になっている点が興味深い。

この語は英語(E.)のbid「命じる,告げる」と同源関係にある。
このシリーズでは英語などに見られる同源語を( )で示すことにしたい。

ek「私は」
 ek (代)→c. sg. nom. (E. I)
 このhljóðs bið ek「私は傾聴を求める→静かに聞きたまえ」はノルド詩人が好んだ導入表現のひとつだったらしい。

allar「すべての」
 allr (形)→str. f. pl. acc. (E. all)

古いゲルマン語の形容詞には本来、基本形の強変化(str.)と特定条件下で(主に定冠詞との併用時に)使われる弱変化(wk.)があるが詳細は別の機会に解説する。現代でもアイスランド語やドイツ語などにはこの区別が残っている。

helgar「聖なる」(heilagar)
 heilagr (形)→str. f. pl. acc. (E. holy)

kindir「種族へ」(kindr)
 kind「種族」(名)→i. f. pl. acc. (E. kind)
 allar helgar kindir「すべての聖なる種族へ」(→聖なる種族の全員に)。
 bið「求める」の方向を示す対格で「人類」の詩的表現。
 人間が後述のヘイムダルの子孫であるという伝承に基づいた表現である。


ここから先は

12,514字 / 1画像

¥ 250

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

もしサポートをいただければさらに励みになります。人気が出たらいずれ本の企画なども行いたいです。より良い記事や言語研究のために頑張ります(≧∇≦*)