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【衝撃】デンマークでルーン文字が刻まれた約1900年前のナイフが出土!言語学の「予言」を裏づける銘文の魅力とは?

割引あり

世界最古のルーン文字資料

ナイフに宿る古代の記憶

 神話と歴史と言語の世界に衝撃の新ニュースが到来した。
 デンマーク・フュン島の中心都市オーデンセの近郊で古代のルーン文字が刻まれたナイフが発見されたのである(鉄器、長さ約8cm)。
 出土自体は1年半ほど前の遺跡発掘調査によるもので、その後はオーデンセ博物館に保管されていたが、最近になって極めて貴重な文字記録であることが判明し、今年1/23に詳細が発表された。

 おそらく西暦150年頃(約1900年前)の作品のようで、現存のルーン文字資料としては最古級のものとなる(大まかに約2000年前としている記事もある)。
 ローマ史でいえば全盛期の五賢帝時代(特にアントーニーヌス・ピウス帝の治世)に当たる。

 銘文にはᚺᛁᚱᛁᛚᚨ (HIRILA)の文字が見え、初期ノルド語(北欧神話で有名な古ノルド語の祖先言語)で「ナイフ」の意と解釈されている。
 (さらにいえば対格の「ナイフを」に当たる可能性がある)。

 そこで今回はこのルーンナイフの魅力を言語学の視点で語っていきたい。

新発見のルーン文字刻印ナイフ
初期ノルド語(ノルド祖語)の貴重な新発見資料(記事より引用)。
後150年頃、鉄器、デンマーク・オーデンセ近郊出土。
写真: Rógvi N. Johansen
所蔵: オーデンセ博物館(Museum Odense)

https://ca.news.yahoo.com/inscribed-blade-hid-under-grave-141936286.html
新発見のルーン文字刻印ナイフ, [ᚺ]ᛁᚱᛁᛚᚨ (HIRILA)「ナイフ」の銘文が見える(記事より引用)。

 オーデンセは「オーディンの神域」を意味する地名で、デンマークの人口第3位の都市に当たり、童話作家アンデルセン(アナスン)の出身地でもある。


Vtuberアニマによる解説

 アニマによる解説や外部記事も参照。
 初期ノルド語についてはアニマの部屋でも彼女が解説予定なので、読者諸賢には是非、チャンネル登録及び高評価での支援をお願いしたい。


北欧神話の言語の源流

 初期ノルド語(Eng. Proto-Norse, Ancient Scandinavian, Old Runic; Dan. urnordisk, etc.)は北欧神話で有名な古ノルド語(Old Norse)のさらに古い時代の姿である。
 古ノルド語の末裔に当たる現代北ゲルマン諸語(アイスランド語やフェロー語など)にとっては遠祖といえよう。
 起源的には印欧語族ゲルマン語派という系統グループに属し、同じゲルマン系の英語とも近縁な存在である。

印欧語族ゲルマン語派簡易系統図
Vtuberアニマ(@anima_divina)による作品。
西ゲルマン諸語の内部系統には諸説あり。

 今日では言語にも生き物の親子や兄弟姉妹のような系統関係があることが知られている。
 アイスランド語、フェロー語、ノルウェー語、スウェーデン語、デンマーク語といった北ゲルマン諸語は古ノルド語の末裔同士である。
 これらはさらに英語、オランダ語、ドイツ語といった西ゲルマン諸語と同じ起源を持ち、ゲルマン祖語という祖先を共有している(ゲルマン語派)。
 (詳細はHansen & Kroonen 2022, pp.152-172などを参照)。

 内部系統については(α)北東と西に分けられるという解釈や(β)北西と東に分けられるという説があるが、近年では後者のほうがやや有力視されてきている(Hansen & Kroonen 2022, pp.157-160)。
 北西ゲルマン祖語と初期ノルド語は連続体である可能性もあり、北欧から発見された最初期のルーン文字碑文を「初期ノルド語」と解釈すべきか「北西ゲルマン祖語」と見なすべきかについては諸家の見解に揺れがある(Düwel & Nowak 1998)。
 太古の時代には西ゲルマン諸語の一部もまた北欧に分布していた可能性があり、古英語詩の『ベーオウルフ』がデネ(デンマーク)を舞台とした物語であることからもそれが窺えるが、そうした事情も解釈の幅に反映されているのだろう。
 ウォルフガング・フォン・クラウスは前者の、エルマー・アントンセンは後者の立場である(ibid.)。


初期ルーン文字

 このゲルマン諸語の話者が自らの言語のために生み出したのがルーン文字である。
 起源の詳細は複雑だが、ゲルマン民族の近隣で使われていたエトルーリア文字ラテン文字(ローマ字)などを参考に作られたといわれている。
 この文字体系についてはアニマの解説配信も参照されたい。

初期ルーン文字(Elder futhark)
西暦150-800年頃に使われたもので約350の碑文が知られる。
その多くはスカンジナビアに、一部は中西欧に分布。
以降は古ノルド語の北欧型や古英語のアングロサクソン型などに分岐した。

 源流のひとつと目されるエトルーリア文字は古代イタリア北中部を中心に分布していた系統未詳のエトルーリア語のための文字で、南イタリアに広がるギリシャ系都市で使われていたギリシャ文字に起源がある。
 その担い手のエトルーリア人は古くから高度な文明を築き、初期ローマにも多大な影響を与えたことで知られ、その歩みはイタリアの「トスカーナ」(エトルーリア人の土地)という地名などに残っている。
 またラテン文字はギリシャ文字とエトルーリア文字の両方から影響を受けて確立された歴史があり、ルーン文字同様、ギリシャ文字に起源を持つ。

 現存最古のルーン文字資料は前述のように後150年頃に属すが、あくまで残っている範囲内の話なので、文字自体の誕生年代を特定するのは難しい。
 おそらくはもっと前といわれているようだが、詳細は定かではない。
 しかしゲルマーニアとエトルーリアやローマの文化接触が一般にイメージされるよりも早くから始まっていた可能性は比較的高いように思われる。


印欧語族の中の北欧ゲルマン諸語

 そしてさらに遡ればゲルマン語派自体が印欧祖語(Proto-Indo-European, PIE)という太古の言語から生まれた子孫グループのひとつであり、他の分枝であるイタリック語派のラテン語やギリシャ語派のギリシャ語とも同系関係にある(印欧語族というグループを形成する)と考えられている(cf. Ringe 2009; Bousquette & Salmons 2017, pp.387-420; Hansen & Kroonen 2022, pp.152-172, etc.)。
 言語にも生き物の親子や兄弟姉妹のような血縁関係が存在するのである。
 (印欧祖語→ゲルマン祖語→初期ノルド語→古ノルド語→アイスランド語)。

 印欧祖語やゲルマン祖語は直接の文献を持たない。
 古ノルド語や古英語などから遡ることで「このような音韻、文法、語彙を持つ言語が存在した」と存在が推定される想定上の祖先言語である。
 そのため全貌が明らかになっているわけではなく、研究手法は複雑だが、その存在自体は広く認められている。

印欧祖語からラテン語・古ノルド語・英語に受け継がれた同源語
語頭でのラテン語p-に対して古ノルド語/英語f-という規則的な関係に注目。
こうした「音韻対応」の存在が印欧語族という概念の根拠のひとつである。

印欧祖語 > ラテン語(L.), 古ノルド語(ON), 英語(E.)
*ph₂tēr「父」> L. pater「父」, ON faðir「父」, E. father「父」
*ped-「歩く」> L. pēs「足」, ON fótr「足」, E. foot「足」
*peth₂-「飛ぶ」> L. penna「羽根」, ON fjǫðr「羽根」, E. feather「羽根」

*h₂は/h/に似た音の一種といわれるが複雑なので今回詳細は省略。
印欧祖語の語根には母音交替という概念があり、*ped-には母音違いの*pod-などの形もあるが、通常はe階梯を代表形として挙げるのが慣例である。

英語から見ればfeatherは印欧祖語から受け継いだ本来語、pen「羽根ペン→ペン」はラテン語のpennaに由来する同一起源の外来語といえる。

 古ノルド語とラテン語からも一例を挙げれば、ルーン文字という呼び名は古ノルド語のrún「ルーン文字, 秘密」に由来するが、これは一説にはラテン語のrūmor「噂, ざわめき」と同源で印欧祖語の*h₃rewH-「つぶやく」という語根に由来するといわれる(IEW 867-868; De Vaan 2008, p.529)。

 なお古ノルド語という名には複数の用法があるため補足しておきたい(cf. 堀田2020/3/18)。
 もっともこの時代の区切り方は一例である(後述)。

A. 現代北欧ゲルマン諸語の共通祖先に当たる8-11世紀頃の北ゲルマン語
B. 北欧神話文献を豊富に伝える12-14世紀頃の古アイスランド語

 古英語との接触の面ではA、北欧神話の研究の面ではBが中心に扱われる。
 (もっとも古アイスランド語は前段階からの言語変化が比較的少ないほうなので、AもBも極端に違いがあるわけではない)。

 8~11世紀頃の古ノルド語は当時のデーンロー地域(イングランド東部に進出したノルド系部族であるデーン人支配圏)などを通して古英語に多くの影響を与えたことでも有名である。
 たとえば現代英語のshirt「シャツ」は本来語、skirt「スカート」は古ノルド語由来の外来語で、共に「短い衣」が原義の同源語に当たる(EtymOnline, "shirt, skirt"; cf. short)。
 ゲルマン祖語の*sk-が標準英語ではshに変化したのである。

 アイスランドは他のゲルマン語圏から地理的に離れていたこともあってか他言語からの影響による言語変化が少なく、文化的にも古来の多神教の伝承が長く存続した。
 ゲルマン神話や言語の研究の面で独自の役割を果たしているのはそのためである(ただし神々への信仰自体は大陸諸国でも比較的長く続いた)。
 もっともゲルマン人のアイスランド移住は伝承によれば9世紀頃のことであり、初期型ルーン文字の出土は通常大陸諸国に限られる。
 北欧では近年、ゲルマンの神々への信仰の復興運動も行われている。

現代ゲルマン諸語の分布圏
青系が北ゲルマン諸語圏で、西から順にアイスランド語(淡い水色)、フェロー語(円で覆われた濃い水色)、ノルウェー語(明るい青)、デンマーク語(原色の青)、スウェーデン語(紺)となる。残りは西ゲルマン諸語圏である。


「予言」を裏づける重要資料

 しかし、このたった1語の資料がなぜそれほどまでに貴重なのだろうか?
 
 ――ひとつ挙げれば、それはこの銘文が言語学の「予言」の正しさを裏づける存在だから、ということになるだろう。
 言語学では古ノルド語や古英語のような既知の言語を出発点とし、その祖先段階であるゲルマン祖語や先史時代の印欧祖語がどのような姿だったかを復元する試み(再建)が行われている。
 この銘文はそんな祖先言語の想像図の正確性を証明する役割を果たし得るのである。

 そこで今回はこのルーンナイフの魅力を言語学の視座で語っていきたい。
 神話や文化だけでなく言語の面からもルーン碑文の魅力を深く体感できるようになるはずである。


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