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向き合い


いつぶりのブログやら。

ここしばらく、ずっと、アウトプットすることよりも、一つ一つに「向き合う」ということをとことんしていた次第で。


この辺りで「一旦、仕上げ」的に、書いて残しておこうかなと。


「向き合い」は、まぁ、しんどかったっす。笑

けど、まぁ、「😇必要」と囁かれるもんで。

自分を苛め抜くつもりで取り組みました。笑



具体的には、

・心地よくない(悪い)エネルギーを感じ切る
・「その状態」を客観的に見つめる
・「その状態」にドップリ浸る
・「その状態」を否定しない
・「その状態」に任せる
・あらゆる「嫌悪感」を受け入れる
・「期待」をとことんそぎ落とす

…などなど。


まぁ、行っている内容は同じようなことなんですけど。


目の前で起きた事象に対して、自動発露する感覚・感情に対してその都度、上記を行ったわけですね。

たぶん、何よりも自我が「しんどい」と感じたのは、自分自身に対する「期待」をとことんそぎ落とすことだったと思います。


色んな物事を行って、その度に「結果」というものが設けられますが。

その「結果」が悪い時こそ、どこかのタイミングで自然と生じる「いや、自分の実力はこんなものじゃない」や「もっとできるはず」という考えを端からバッサリと切っていきました。

「この結果こそが今の自分の実力だ」
「今はこれが限界だ」
「自分の能力(才能)と呼べるものはこの程度だ」

みたいな感じで。


😇これこそが、「現状・現実の受け入れ」なのだ
ということです。

😇頭の中に浮かぶ、一見肯定的でポジティブな思考こそ、「現状・現実の否定」であるから
と。


正に苦行って感じで、えぇ。

しかしながら、
この、一種の修行の間、ハイヤーの小さな導きやヒントを頼りに、全ては自身で自身にワークを課していたので。
何かの、誰かの「洗脳」や「影響」を受けて取り組んだことではないのは良かったかなと。笑


ただそれでも、「自我(エゴ)」は自動発露するプログラムなので、その時その時で色んな感情は湧きあがりました。
故に、しんどいと感じるタイミングは多々ありました。

それでも最終的にはやっぱり、「何の問題もない」という結論が得られるんですね。


怒り、悲しみ、泣き、苦しんでも。
その感覚・感情をもって、「私」という自我は満足をしているんです。

そのことが確認できるだけなんです。


また「不感であること」=「悟りの境地ではない」ということもわかりました。

「エゴ」と決別することもできないし、コントロールしようとすること自体が不自然であるというのをついつい忘れますが、よくよく思い出せました。

で?だから?と問われると困ってしまいますけれども。。。笑

一応、この様な取り組みも、リーディングやセッションを行う私には必要な事であって。
やっぱりやって良かったなと感じます。

とは言っても、「一旦。仕上げ」なので、全然「終了」ではないので。。。笑

これからもまだまだそんな日々が続きますが、私は心からそんな日々に感謝を送りつつ。
その時その時をただ生きていこうと。

そんな今日この頃でございます。



そして、またハイヤーから次の課題。

次回のアンジーは…

・話せ。溜めるな。
・言え。予測完結するな。
・言葉にしろ。外に出せ。

の3本です!!!


って、無理やりサ●エさん風に三本立てにしてみましたけど、、

要はテーマは一つです。笑

第4チャクラの次は、第5チャクラといったところですね。はい。



過去に、ありがとう。

未来に、さようなら。

そして、全ての今に

おめでとう。


さーて、この次も、サービスサービス♫


てな感じのところで、今回はここまで!

ではでは('ω')ノ










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