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二,横断歩道の安全地帯で月9の主人公かと錯覚した話

あれは、心斎橋筋商店街を抜けた明け方の横断歩道だった。抜けきったお酒が名残惜しいほど私の頭は冴えていた、冷えきった右手は何者かに優しく握られていた。


例の彼氏(一,素っ裸で土下座された話)に振られて迷い込んだこの街は、不埒な街だった。夜になると蛍光色のネオンがいやらしく人々を照らした。飛び交う関西弁はあまりにも欲望にストレートだった。それでも、当時はこの街に、どことなく、心地よい正直さを感じていた。


私はまだ前の素っ裸土下座マンが好きだった。それでも、彼には彼女ができた。私もムキになったり、意地をはったりしてある男性とお付き合いをしたけど数日と持たなかった。土下座マンの前では一切飲まなかったお酒を毎日のように飲んだ。染めたことのなかった髪の毛も茶髪にしたり、金色のインナーを入れた。要はわかりやすくグレた。それでもあどけなさは残っていた。奴の知らない私を見せたかっただけかもしれない。

どれだけ時間が経っても忘れられなくて、もう恋なんてしない状態だった中、現れたのが決して特別に格好良い訳でもなく、決定的な魅力は何かと問われても首を傾げてしまうような、それでいて優しさとおおらかさと穏やかさを兼ね揃えた「平和」を象徴するかのようなY君だった。

Yを含めた集団に声をかけられ、朝まで呑んだくれた。数人のグループのようにみえて、Yと私だけが二人の世界に入ってしまったかのような空間だった。特に何を話したかは覚えていない。私の隣で、ひたすらに男性が勧めてくるお酒をさりげなく飲んでくれた。厭らしく指を絡められた時にはさりげなく携帯の画面をみせた。
〝 1回トイレいって端の席座りな 〟そんな感じのメモだったように思う。ジグザグに絡まっていたどこのどいつかも分からない指は無事に解けた。

女の子を紹介してくれ、俺とホテルにいってくれとカオスな場所でYはだんじり祭りが楽しみだとか、おかんの料理がうまいだとか、のほほんとしたことをほろ酔いで話した。

「 駅までおくるわ 」
そう言って死体のような抜け殻をまたいで二人で店を抜けた。もしかしたら、そんな覚悟はしていた。別段、この男性なら嫌がる理由もなかったが、足は迷いなくホテル街を抜けて駅に向かっていた。

明け方のまだ薄暗いシャッター街だった。商店街を抜けると安全地帯を挟む大きな横断歩道があった。信号を無視しても咎めれないのではないかと思うほど車もなけりゃ、人っ子一人いなかった。

おぼついた足取りのせいか、横断歩道の安全地帯に留まった。車は通らない、それなのに私たちは信号を守っていた。30センチ上を見上げると同時に彼は少ししゃがみこむように包み込むようなキスをしてきた。慣れているのか不慣れなのか曖昧だった。

繰り返す、そこは横断歩道の安全地帯だった。呑気な私の脳みそはこの状況には久保田利伸のLA・LA・LA LOVE SONGか小田和正のキラキラどちらのイントロが合うか思案した。

まるで月9の主人公のようだった。キスシーンから遠ざかっていくカメラワークまで想像できた。時が止まったかのような演出を頭の中で繰り広げた。もう、使い物にならないお花畑の脳みそだった。

特に何を話すでもなく、その後私の右手を取って歩き出した。駅で別れた。その後もデートを重ねた。
それでも、付き合おうとは言われなかった 。

曖昧な関係の中で、純粋無垢で心から私を思ってくれる男性が現れた。私が顔を覗くだけで口元を結んでにやけてしまうような可愛らしい人だった。この人と付き合うのが幸せだと確信した瞬間、Yに彼氏が出来たと言えた。

しばらく経って 、
「 好きだった 」と言われた 。
あどけなさすぎた、何もかも遅かった 。
自然と私も 「 好きだった 」と過去形になったことにどれほど安堵したか分からない。


いまもあの横断歩道を見ると、
再放送を見ているかのような懐かしい感じがする。

年齢を重ねて忘れてしまっても、死ぬ前に本当に走馬灯がよぎるなら1秒ほどあのシーンが流れるだろう、それほどの、その程度の、ときめきだった。




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