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【No.3】カナダで大ピンチを切り抜ける~前編
英語できないの私だけ!?
オーストラリアから帰国して間もない頃、編集長から急遽カナダに行ってくれという指令がきた。州政府が企画したプレスツアーに編集長が招待されたが、別の出張と重なって行けない、せっかくの招待枠がもったいないから、ということらしい。
各国の旅行代理店や留学エージェント、メディア関係者が招待され、州内の留学生受入れに力を入れる学校を視察するツアー。日本からも何人か参加するらしいし、宿泊先も交通機関もすべて手配してくれるから、それに乗っかるだけの気楽なツアーだと思っていたら……。
ホストはカナダ人で、参加者は、中国人、メキシコ人、そして日本人。この混成チームの共通言語はもちろん英語。
日本人の参加者は全員留学経験者で英語がペラペラ。「1年間ワーホリに行っていただけで、私だってほとんど英語、話せないわよ」という人でさえ、私から見たらペラペラ以外の何ものでもない。つまり、英語が話せないのは私だけであった。
「困ったことがあったら言ってね」とみんな親切に言ってくれたが、一応仕事で来ているわけだし、みんなそれぞれ視察先で聞きたいこと、見たいことがあって忙しいはず。いちいち頼ってみんなの貴重な時間を煩わせたくない。自分でなんとかしなければと、胸に誓ったのだが……。
私は貝? 苦行のランチタイム
昼間はなんとかしのげた。学校を訪ね、校内を回りながら校長先生やガイド役の先生の説明を聞く。もちろんすべて英語だが、実物が目の前にあるわけだから、英語が聞き取れなくても何が説明されているかはわかる。みんなが積極的に質問をしたりホスト役の人と会話する後ろを、ふんふんとうなずきながら歩いていればよかった。
困ったのは食事の時間だ。ツアーを企画してくれた州教育省のキャロルという女性は、現地の学校関係者たちとツアーメンバーが交流できるように席順を決めてくれた。つまり、ツアーメンバー同士で(もちろん同国人同士で)固まることはなく、常に両隣は現地のカナダ人や留学生が座っている状態になる。
初日のランチのときに、私の前に、メキシコから1カ月前に留学に来た、という中学生の女の子が座った。中学生といっても外国人はたいてい大人びている。しかもその子はちょっとドギマギするほどエキゾチックな美人だった。
「どこからきたの?」「今何歳?」「放課後は何をして過ごしているの?」とか聞いたらもう、英語のストックがない。それに対して、相手の女の子は留学してまだ1カ月だというのに英語もペラペラ。何を聞かれても自然体で堂々と答える姿に、すっかり萎縮してしまった。この子の倍以上も年をくっているのにおどおどしている自分がすっかり嫌になってしまった。
会話に加われない自分。ほかの日本人メンバーにも「こんな英語力でよく来られたわね」と思われているんだろうな(完全に被害妄想)と、どんどん気持ちは凹んでいく。もう食事を味わうどころではなく、ひたすら早くこの時間が過ぎてくれ、と思うばかりなのだった。
ディナータイムで開き直る
1週間、こんなことがずっと続くのだろうか、とげっそりした初日のランチだったが、次の関門はディナーである。これも、現地の教育関係者がわざわざ集まってくれて、楽しく歓談できるよう、交互に席に着く。
どうやらこれがツアーの行く先々で毎日続くようす。ずっと押し黙っているわけにはいくまい。何でもいいから言う。ウァオ!でもリアリー?でもなんでもいいから合いの手を打つ。基本的に外国人は饒舌なので、こちらは相づちしか打っていなくても、なんとなく会話している風になる。
やばい!と思うのは、私を挟んで3人の会話になったときだ。なにせ英語ができないのは私だけだから、両端の2人だけが盛り上がって、真ん中にいる私は取り残される。会話に入れずにただにこにこしている自分はあまりにみじめだ。だから、隙を見て、「私もそう思う!」でも、「ところで○○って知ってる?」でも何でもいいから会話に割って入る。そうして、3人で話せるように流れを変える。バンジージャンプのようなもので(やったことないけど)最初の一歩を踏み出せば、あとはなんとかなる。
最初、私のたどたどしい英語を聞いた瞬間に、相手は「え?」というような顔をする。眉間にしわを寄せて「What did you say?」なんて言われたら、完全にビビってしまう。でも、ここでひるんではいけない。こちらが話そうという意思を見せさえすれば、たいていの人は聞いてくれる。そういうところはとても親切だ。
こんな小さな冒険を繰り返すうちに、外国人との会話がだんだん楽しくなってきた。1週間、がんばれそう、という勇気がわいてきたのだった。
パワーブレックファストで大ピンチ!
しかし、苦難は続いた。カナダ視察ツアー3日目は、パワーブレックファストから始まった。朝食を食べながら、学校関係者からプレゼンを聞くというものだ。
テーブルに並んだおいしそうな料理に気をとられている私に衝撃な展開。「まずは、一人ひとりに自己紹介してもらいましょうか」と進行役のカナダ人が言う。えー!!!英語で?即興で?何を言えば!?ああ、最大のピンチ! 誇張でもなんでもなく、テーブルの下で足ががくがくと震える。
とっさに私は頭の中で言うべきことを組み立てた。
実はこの旅で、私はある決意をしていた。
I'm sorry. I can't speak English.(すみません、私は英語がしゃべれません)
I'm sorry. My English is very poor.(私の下手な英語をお許しください)
この2つのフレーズだけは、絶対に言わないと。
成田空港で、飛行機に乗る前にたまたま買った本に書かれていたことだ。
関谷英里子さんの『同時通訳者の頭の中』がその本。英語の効果的な勉強法が書かれていて、とってもためになったのだが、カナダ滞在中に、最も役立ったのは、この一節だった。
この二つのフレーズだけは絶対に言ってはいけない。理由は、「相手に、自分と話したくないか、話すことを避けていると思われるから。下手ですと、先に言い訳することで、話そうという意欲に自らフタをしてしまうから。わざわざ言わなくても、一言二言話せば、相手はあなたが流暢に英語を話せないことはわかるから」。
確かにそのとおり。だから、「これだけは言わない!」と決め、実際、言わずにすごしてきた。そして、それは正解だった。
先に言い訳しないことで、私は話さざるを得ない状況に追い込まれた。だから話すことができた。
が、それはさておき、目の前の課題は、自己紹介だ。なんといえばいいのか。
実は、ここ数カ月、『英語の会議直前30分の英会話』というCD付きの本を買って、毎日聞き流していた。その中に、英語が苦手な何某さんが、海外出張で会議に出るというシチュエーションがあったことを思い出した。その中に、何度も聞いて頭に残っていたフレーズがあった。
「ネイティブの会話についていくのは難しいかもしれないが、私はベストを尽くします。みなさんのご協力に感謝します」というものだ。
よし、これを冒頭に入れよう! あとは自分が日本で留学雑誌を制作しているライターであること、今回取材した学校も記事にして雑誌に載せたいということを言う。これは、あらかじめ想定問答としてフレーズを手帳にメモしておいたから、それを使える。簡単な自己紹介ならそれで十分だ。
さて、自己紹介が始まった。
「全然しゃべれないわよ」と言っていた、ワーホリ女子は、一番バッター。冒頭に軽いジョークを入れて皆を笑わせている。大したもんだ、と感心している場合じゃあない。次は私の番。テーブルの下ではまだ足が震えている。とにかく落ち着いて、みんなの顔を見ながらはきはきと。
……私はなんとかやりとげた! 自分で言うのもなんだが、下手なりにがんばったことが好印象を与えたかもしれない。みんなの拍手があったかかった…。上手いとか下手の問題ではない。言おうとすることが大事なんだ。
I'm sorry. My English is very poor.なんて言わなくて本当によかった。(つづく)
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