ショパンの舟歌

これは私が日々向き合っている舟歌という曲の、私が解釈した物語です。
ある程度ショパンの伝記などに基づいてはいるつもりですが、私の主観も強く出ているかと思いますので、ご了承の上でお読みください。



舟歌は1845年の11月に書かれた作品。

7年連れ添った恋人、ジョルジュ・サンドとの別れ際であり、ショパンの亡くなる3年前、健康状態がどんどん悪くなっている時期に書かれた作品。

ショパンの、ジョルジュとヴェネツィアへ行きたいという気持ちが表現されている。
だからこそ、ショパンの幻想が色濃く現れた作品。

ショパンは絵、文章、もしくは人づたえに聞いた話でしかヴェネツィアの景色を知らない。
なぜなら彼はヴェネツィアに行くことが叶わなかったから。

それでもショパンなりの書き方で、ヴェネツィアの水上の街を表現している。

左手の伴奏は波を表現していることが多く、
右手のメロディは二重奏で恋人と2人で歌っている様子を彷彿とさせる。
二重奏の音程が離れている時は、恋人との仲違いのような、暗雲が立ち込める様子もある。


この曲で印象的なのは、一瞬、影が差しても必ず明るく高貴な雰囲気に戻ってくることだ。
そして一曲を通して必ず水の動き、つまりヴェネツィアの街の波が出てくる。

ヴェネツィアは海と繋がっているから、潮の匂いがするらしい。
駅から降りると目の前に水が広がっているため、違う世界のような雰囲気すらあると聞いた。

そして、この曲にはよくトリルが出てくる。
トリルとは隣の音と交互に連続して音を弾くことだが、
このトリルには毎回、水面に映る光の揺れのようなものを感じる。

この曲を通して出てくる波の動きは、ショパン自身の感情の揺れのようなものも表現しているのではないだろうか。
だからこそ、私自身が心の動きを持って音を表現しなければならないように思う。

そして、何よりもジョルジュ・サンドという女性に会えたショパンの心からの感謝、希望、喜びが表されているのである。

別れるに至った、ジョルジュのショパンへの想いと、ショパンから見たジョルジュへの想いは全く違う感情だったように思う。

ショパンは大勢の前で演奏するのが得意ではなかったが、冗談を言って盛り上げたりと社交的な部分も確かにあった。
だが、おそらく繊細で感情が動きやすい部分もあり、要するに神経質であった。

そんなショパンだからこそ、曲でしか伝えられない感謝が、想い出が、そして希望が彼の中にはあったのではないかと思う。

私が思うに、この曲のテーマはジョルジュへの感謝。

例えもう2度と会うことがないとしても、自分が死んだ後も、
貴女に幸せであってほしいというショパンの願いなのではないだろうか。

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