美容麻酔だからこそのオピオイドフリー麻酔
1.オピオイド節減戦略(opioid-sparing strategy) あるいはオピオイドなし鎮痛
オピオイドクライシスは米国を含め欧米諸国では重大な問題となっているため、周術期にオピオイド以外の鎮痛薬投与によりオピオイド投与を行わない(opioid-free),あるいはオピオイド投与量を減少させる(opioid-sparing)ことが,最近はブームのようになっています。区域麻酔の活用も追い風になっていると考えられます。
しかし、日本ではオピオイドクライシスという社会問題がなく、レミフェンタニルを中心とするバランス麻酔においてオピオイドは中心的な役割を果たしているのが現状です。その中、一番積極的にオピオイド節減戦略(opioid-sparing strategy) あるいはオピオイドなし鎮痛(opioid-free Opioid-free Anesthesia)を先進的に取り組むのは美容麻酔です。その理由は以下の2点があります。主観的な原因として、オピオイドの副作用(悪心・嘔吐,過鎮静,呼吸抑制,消化管運動低下など)を減少させます。また、客観的な原因として、美容外科クリニックでは麻薬を置く金庫が置いていないという設備制限、あるいは手続きが煩雑で麻薬届をしていないという理由で、オピオイド常備しない美容外科クリニックも多いです。だから、日本で一番オピオイドフリー麻酔を実践しているのは多分美容クリニックでしょうか。
しかしopioid-sparing anesthesiaやopioid-free anesthesiaに対する有効性や安全性に関するデータはいまだ不十分であるので、漫然と多種の鎮痛様式を併用し続けることは鎮痛改善効果がないうえに,副作用発症率を増加させることが懸念されます。ルーチンの術後痛強度評価は必須であるが、さらに各鎮痛様式の副作用(肝腎機能障害,凝固 能障害,過鎮静,めまいなど)に常に注意をしなければなりません。
表1:多角的鎮痛法で頻用される非オピオイド性の薬物
IV:経静脈; NMDA:N-メチル-D-アスパラギン酸; PO:経口投与(ラテン語:per os)
①アセトアミノフェン (アセリオ)
アセトアミノフェンは軽度から中等度の痛みに対して有効です。20mg/kg以上の投与によって NSAIDs と同等の鎮痛効果が期待できます。アセトアミノフェンは鎮痛作用時間が比較的長いので,術中から術後まで6時間毎の定期投与によって安定した鎮痛効果を維持できます。アセトアミノフェンとNSAIDs は周術期において定期投与すべき薬剤です(around-the-clock regimen)。したがって、硬膜外麻酔や末梢神経ブロックといった区域麻酔の効果消失時に生じうbreakthrough-pain を予防するのに適しています。手術直前~直後は経静脈または経直腸投与、術後経口摂取可能となった時点で経口投与(錠剤または散剤)とします。アセトアミノフェンには副作用がほとんどないが、アセトアミノフェンの肝代謝産物が用量依存性に肝臓を障害するので、最大用量を 4000mg/ 日または 60mg/kg/ 日までにとでめておいた方がいいでしょう。グルクロン酸抱合酵素活性が低い患者(新生児,酵素欠損者や肝機能低下患者) では、肝障害の危険性が高いのでセトアミノフェンの投与量を減ずる必要があります。
②非ステロイド性消炎鎮痛薬 (ロピオン、ボルタレン)
NSAIDs / COX-2 阻害薬は、鎮痛作用に加え抗炎症作用も有しており、軽度から中等度の痛みに対 して有効です。アセトアミノフェンと同様,術中から術後まで6時間毎に定期投与することで、安定した鎮痛効果を維持できます。NSAIDs / COX-2 阻害薬とアセトアミノフェンの併用によって,単剤使用よりも鎮痛効果が向上し,オピオイド使用量を 50%以上節減できます。NSAIDsには、胃粘膜刺激、胃出血、血小板機能不全、心血管疾患のリスク上昇、腎機能の悪化などの副作用が数多くあるため、患者に適した薬の選択には注意が必要です。
③NMDA 受容体拮抗薬(ケタミン)
ケタミンはNMDA受容体に対する拮抗作用があり、催眠作用、鎮痛作用、および健忘作用を有する解離性麻酔薬です。さらに、脊髄NMDA受容体は痛みの中枢性感作に密接に関係しているため、NMDA受容体活性化により痛覚過敏を引き起こす可能性があリマス。臨床的には、神経障害性疼痛、急性疼痛症候群および慢性疼痛症候群の治療のために、麻酔で使用する用量以下で使用されています。周術期のケタミン併用は、鎮痛効果増強、オピオイド関連副作用軽減、慢性痛への移行抑制、痛覚過敏の防止などに寄与するので、周術期鎮痛様式の一つとして考慮すべき薬剤です。低用量(0.15 ~ 0.5mg/kg, 2~10μg/kg/min)では精神副作用(幻覚、悪夢、せん妄など)を生ずることなく鎮痛効果の向上(特に体性痛に対して)が期待できます。モルヒネ ivPCA に ケタミンを付加すると、モルヒネ消費量が削減され,オピオイド関連副作用が低減します1 。 脊椎手術を受ける慢性疼痛のある患者にケタミンを投与すると、術後のさまざまな時点で疼痛スコアが低下し、オピオイドの使用量が減少することが示されています2。オピオイドを投与されたことがない患者においても、痛みを伴う手術処置を受ける場合にケタミンは術後鎮痛に有益である可能性があります3。
表.ケタミン周術期管理の提案
しかし、ケタタミンの副作用としては、気道分泌物の増加、交感神経活動の増加、頭蓋内圧の上昇、眼振および幻覚、心拍数、血圧、冠動脈疾患の患者における心筋虚血のリスクが挙げられます。要注意の点として、頭蓋内病変、精神疾患、妊娠、および冠動脈疾患の患者にケタミンは禁忌です。
④抗痙攣薬(ガバペンチンやプレガバリン)
ガバペンチンやプレガバリンなどのガバペンタノイドは,抗けいれん薬ですが、日本では慢性痛(特に神経障害性痛)の適応とされています。ガバペンタノイドは Ca チャネルδ2 リガンドに結合して 興奮性神経伝達を抑制し、下行性抑制系を賦活化することで鎮痛効果をもたらす。術後の急性疼痛に対してプレガバリンを使用した11件の有効なRCTを評価した系統的レビューでは、プレガバリンは産婦人科手術や腹腔鏡下手術後において,オピオイド必要量とオピオイド関連副作用発症頻度を減少させます 4 。しかし、美容外科手術を受けた女性110名を対象としたRCTでは、周術期マルチモーダルな鎮痛レジメンに術前夜から5日間連続プレガバリン75mgを1日2回追加投与しても、オピオイド必要量減量などのベネフィットはありせん5。さらに、ガバペンチンの副作用には、ふらつき、視野障害、四肢末梢の浮腫および体重増加が挙げられます。特に高齢者では副作用が生じやすく,術後回復を遅延させかねないので,薬剤投与量や投与期間を調整することが肝要です。
⑤α2 受容体作動薬 (クロニジン,デクスメデトミジン)
臨床現場で使用されている2つの一般的なアルファ-2-アゴニストは、クロニジンとデクスメデトミジンです。鎮痛の主なメカニズムは、中枢神経系と脊髄のアルファ-2-アドレナリン受容体の直接刺激であり、催眠と鎮静のメカニズムであると推定されるノルエピネフリン放出減少が生じます。
アセトアミノフェンと同等かそれ以上のオピオイド節減効果があり、オピオイド関連副作用発症頻度を低減させます6。デクスメデトミジンは、アルファ-2受容体においてクロニジンよりもはるかに高い親和性(約8:1)を持っているため、オピオイド関連副作用の低減効果はデクスメデトミジンの方がクロニジンよりも顕著です。現在のところ、α2 受容体作動薬の痛覚過敏抑制作用および術後遷延痛抑制作用については明らかではありません。
しかし、多施設(フランス国内10施設)の前向きランダム化比較試験では、非心臓手術を受ける患者において、デクスメデトミジンを用いたオピオイドフリー麻酔は、レミフェンタニルを用いた麻酔と比較して、術後のオピオイド関連有害事象を少なくするという仮説が否定された。逆に、重篤な有害事象、特に低酸素血症と徐脈の発生率が高くなりました7。α2 受容体作動薬は交感神経抑制作用を有しており,術後の徐脈,低血圧のリスクを増加させるので,周術期にα2 受容体作動薬を使用する場合には、十分な循環動態モニタリングを行う必要があります6.
⑥デキサメタゾン(デキサード、デカドロン)
術後鎮痛におけるデキサメタゾン術中単回投与のmeta-analysis 8では,計5796人の45研究では,術中のデキサメタゾンが,術後痛を軽減し,オピオイド使用量を減少させ、PACU 在室時間が短かくしたことが示されています。デキサメタゾンに伴う感染症発生頻度の増加や創部治癒遅延はなかったが、24 時間時点での血糖値は高かったです。また、2751人の被検者を含む24件の無作為臨床試験が対象となったmeta-analysisでは、術後痛を軽快し術後のオピオイド消費量を減らすためのマルチモーダルな戦略において、>0.1mg/kg用量のデキサメタゾンは、効果的補助薬です9。
⑦局所麻酔薬静脈投与
局所麻酔薬は、皮下、静脈内に投与することができ、末梢神経ブロックおよび神経幹麻酔で利用することができるという点で、様々な手技において有用であるといえます。結腸直腸手術における静脈内リドカインの有効性が複数の研究によって評価されています。いくつかの研究で消化管運動の改善および在院日数の短縮という利点を示されたが、まだ一貫した結果は得られていません。リドカインの作用機序はナトリウムチャネルを阻害しますが、全身投与での鎮痛における作用機序は、依然として完全には明らかになっていません。最近のコクランレビューでは、様々な患者集団において、リドカインの全身投与による術後疼痛改善に関するエビデンスが不十分で確定的なことは言えないことが示されました10。現時点で効果は明らかではないが、静脈投与リドカインは、鎮痛作用、抗痛覚過敏作用および抗炎症作用を有しており、術後疼痛管理のための別の潜在的選択肢となる可能性があります。将来的には、投与プロトコルを施設間で統一した研究によって結果が明らかになることが期待されます。
2.私の美容麻酔戦略:
オピオイド節減戦略(opioid-sparing strategy) あるいはオピオイドなし鎮静
筋弛緩を不使用、自発呼吸を保つ
多様式鎮痛法(multi- modalanalgesia):非オピオイド鎮痛薬+神経ブロックを基礎的鎮痛様式
参考文献:
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5. Chaparro LE, Clarke H, Valdes PA, Mira M, Duque L, Mitsakakis N: Adding pregabalin to a multimodal analgesic regimen does not reduce pain scores following cosmetic surgery: a randomized trial. J Anesth 2012; 26: 829-35
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10. Eipe N, Gupta S, Penning J: Intravenous lidocaine for acute pain: an evidence-based clinical update. BJA Education 2016; 16: 292-298
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