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ひなの巣のこと

明け方に土砂降りの雨が降っていたなって

目を覚まし、窓の外を眺める

自転車で旧道を抜け、踏切を渡ったら

線路沿いに走る

職場に着く頃には陽は高く昇り

首筋に汗をかく

わたしが務める米菓工場では

うるち米のおせんべいと

もち米のおかきと一口大のあられを作っている

敷地はとても広いけれど

工場は小さな小学校のような建物だ

1階ではおせんべいやおかき、あられなど

大きな音を立てて作られている

既に稼働する機会音を聞きながら

廊下を歩き、真ん中の階段を登ると

わたしの仕事場がある

色とりどりの吹き寄せを仕上げる部署で

この工場では「ひなの巣」と呼ばれている

わたしが座る椅子の前には

甘いあられやおかき

木葉をかたどったおせんべいや落雁 

金平糖に柿の実を模した薄い砂糖菓子が

一つ一つ小さな小箱に収まって並んでいる

引き出しには

せんべい用の、海苔が数種類収められており

まずは、これを切手サイズに切る


この作業をするたびにヤマさんのことを思い出す

ヤマさんは昨年の夏、咽頭癌のため亡くなってしまった先輩

彼は、海苔を赤いレーザーの線で照射された通りに

銀色の裁ちばさみで素早く切ってゆく

晩年、彼は放射線治療を受けていたので

見舞いに行くと

首には照射する部分に赤いマーカーで

印がつけられていた

一度、マーカーの印について聞くと彼は、照射する部位がずれないように

印がつけているんだと笑って教えてくれた


この作業を乗り切るためには

海苔が湿気らないよう素早く切ることが大切で

集中しなければならないが、冬の寒い朝に作業するヤマさんの

手先を思い出すと落ち着かなくなる

洗面台で手を洗い

窓の外を眺める

他の職人たちはみんなそれぞれ

小さなお菓子をひとつずつ詰める作業をしている

ひなの巣はとても華やかな吹き寄せのお菓子を作るから工場では憧れの部署なのだ


ヤマさんがいなくなっても

毎日、朝から同じ作業が繰り返される

1階で出来たおせんべいは小さな箱に入って届けられる

金平糖は西の工場で作られ、ガラスケースに入って届けられる

砂糖菓子は季節によって少しずつ変わる


ヤマさんの手元を思い出す

息を吐き乾いた手でハサミを持つ

照射されたレーザの線に沿って

わたしは海苔にハサミを入れる




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