相続しようとしたら知らないままでは終わらなかった話③

役所が閉まる前に着いた。親切な窓口の人に教えてもらいながら父の戸籍謄本を申請する。番号札を握りしめ「子供はいませんように」とだけ思いながらベンチで待った。
しばらくすると番号が呼ばれた。そして私の目の前に出された書類には、先に取った父の戸籍謄本で私の名前があったのと同じ場所に人の名前が載っていた。ビンゴ。

無駄な質問だと思いながら、窓口の人に聞く。
「これって子供ってことですよね?」
「そうですね、ご長男さんですね」

この歳になって兄がいるなんて知りたくもなかった。反吐が出る、と思った瞬間、本当に口の中が苦くなった。胃液がこみあげてきてる。

父は会社員ではなかったので年金だけでは心許なかったか、多少の蓄えがあった。そのあたりは母がきっちり管理していたはずだ。ただ、通帳を見ると残高は母が亡くなった頃からあまり減っていなかった。父の手帳には食料品や生活雑貨などの出費が几帳面に記してあり、娯楽に使っていたのはたまの映画や落語ぐらい。いつ実家に行っても驚くほど家の中を整え、きれいに、そして質素に生活していた。

たぶん本人はもっと長生きするつもりだったろうが、体調をくずしてあっけなく死んでしまった。そして私はもっと先に受け取るはずの遺産をそっくり全部受け取るはずだった。それをぽっと出てきた知らないおじさんに半分もかすめとられるのだ。
こんな法律おかしいだろ。奥歯をぎりぎりかみしめた。
半面、法律だからどうしようもないのもわかっていた。

ついでに。
なんと母も再婚だった。父の再婚を確かめるべく母の古い友人に連絡したら「お宅は二人ともそうなのよ」と返信がきた。びっくりしたせいで携帯を落とし、もう訳も分からず地面に落ちた携帯を蹴った。前から歩いてきた人が落とした拍子に蹴ってしまったと思ったらしく、拾い上げてくれて粉々な画面を見て「あらら・・・」と言いながら渡してくれた。お礼は言えたが「あらら」は私のセリフだよ。

お金のことも大事だが、それより何十年も自分は一人娘だと思い込んでいたのだ。どうして誰も何も教えてくれなかった?血液型がA型だったはずなのに実はAB型だったのよ、みたいなもんか。いやいやいや。全然違うだろ。

別に再婚同士でも構わない。しかし話しておいてくれてもよかろうが。親の戸籍を見ることもなく、バカみたいにのほほんと育ったんなだな、あたしは。

悔しくて悔しくて泣く気にもならない。
これ以上考えるとかみしめた奥歯が砕ける。とにかく家に帰ろう。


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