私もそうしたいという文章に会ったのでそうする

驚愕の衝撃であった。そんなことをしてありなのか。勇気づけられた。私もそういうことをしていたつもりだったのに、全然そうはなっていなかった。このように書くと流れが整って健康になるだろう。しかも丁寧だ。
その文章↓
https://note.com/ozone_ken/n/n48387494871a?sub_rt=share_b

左肩が少し痛い。お酒を飲んだ次の日は手足がビリビリする。水をたくさん飲む。腹にガスが溜まる。仕事中だが外に出て、それとなく放出する。トイレの個室では音が気になってできなかった。味の濃いポテトを大量に食べて、油と塩分をたくさん摂ったため、消化器官に負担を強いている。胃や腸が何も言わず健気に私を支えてくれている。朝と昼は粗食を心掛けたものの、口が寂しくなってカフェで甘いサンドイッチを購入した。暴飲暴食(そこまでしてないが)の後は、ピタッと止められない。ずるずる続く。栄養が足りていたとしても食べてしまうのは、食べ物への依存心からそうなるのだと思う。食べると満たされる経験を繰り返そうとする。どうして満たされてないのかは実は、胃腸を酷使して消化にエネルギー持っていかれてるからかもしれないというのに。マッチポンプの悪循環。断ち切るために意識的に断食するとよい。もしできるのであれば。できるのであればだ。
お酒を飲んで、二日連続野球観戦をして、洗濯物や提出書類のような宿題はやりたくなくて、意識の外に置くよう努めている。抑圧している。しかし逃れられない。今日の分の替えのパンツは尽きている。それでも帰らない。遊びに行く。映画を見る会に行く。月に一回の映画を見る会をいつも楽しみにしているからだ。パンツが足りないなら追加で買い足せばいいじゃない。ボクサーパンツがほしい。寝る時は体にゴムが食い込まないのでボクサーパンツがいいらしい。
最近は夜はパンイチで寝ている。それが気持ちがいい。肌が布団を感じる。摩擦が少なくなって寝返りが打ちやすい。水の中にいるみたいに回りやすい。本当は海辺で裸になって走りたい気持ち。それはどこに行ったら実現できるんだろうか。お金持ちになってプライベートビーチを持たないと叶わないだろうか。もしくはお金持ちと知り合いになって「裸で浜辺に立ってみたいのですが、お宅のビーチを少し貸していただけないでしょうか」と頼むか。日に焼けそうだ。暑すぎず寒すぎない時期、5月もしくは10月とかに。そしてプランクトンだった頃の記憶に浸りたい。
仕事で商品のサンプルをもらったので、爪に貼るタイプのネイルを試してみた。付け爪は剥離ビニールを剥がして爪につけるだけなので、5分でネイルが完成した。ネイルサロンに行けば1時間の仕事だ。それをつけてしばらく仕事をしていたが、爪が長いことが不快で不快で仕方がなかった。私の通常は、爪は2ミリも長くなれば切りたくてうずうずするが、怠惰が勝って、もう少し延期してから切る。爪は先の白い部分が1ミリくらいが生活しやすい。
爪が長いことでペンが持てない、キーボードが打てない。思ったより早く目標物と衝突する。イメージ通りにいかない。気持ちがわるい。今まで難なく使いこなして来た体なのに。拷問かと思った。
この感じ、似たような感覚をどこかで持った覚えがある。最近の出来事のような気がするが、なんだったか。
英会話だ。言いたいことが伝わらなくてもどかしい気持ち。思い通りにいかない気持ちが似ている。言葉は体の一部ということだ、使いこなせないのはとんでもないストレスだ。英会話はストレスだ。英語しか喋れない人と話すのは最初からハードルが高すぎた。英語も日本語もわかる人から慣らしていく作戦に変えよう。
爪によってやる気が失われたから、とセルフ言い訳をして、自分で決めたノルマを踏み倒して定時で帰った。本当は朝からやる気はなかった。あくびばかりしていた。
自分を律する必要がない世界に行きたい。実は、人間社会で生活しながらも律しなくてもいい抜け道があるのかもしれない。それを探している。ここにいながらにして、怠惰でも、締切にルーズでも、自分で自分が許せるようになる考え方がどこかにあるはずで、それを見つけたいと思っている。要するに律するを強いているのは自分なので、律しなくてもいい世界とは考え方をそのように変えるということだ。どこに変えられないこだわりがあって、どういう体験をすれば思い込みは軟化するのか。それは、そうなりたい友達を持つことがヒントになるのだと思う。人と人が近くにいると、少なからず憑依し合う。私はそう。カービィみたいに飲み込んで、その人が私の一部になる。カフェで隣りに座っただけの人でも、ほんのちょっとはビリビリを感じるでしょう。全くの無ではないでしょう。
ムラブリの研究者、伊藤雄馬さんが気になる。YouTubeのチャンネル「聞き流す、人類学」で伊藤雄馬さんはセックスについての考え方が人とは違うと言っていた。自身のセックスを公開したいと発言していた。(それはあまり見たくないけど)セックスの本出さないかな。読みたい。私も考え方を改めつつあり、なんとなく伊藤さんと一致しているのではないかという気がする。
男先生と話したい。男先生とは中高通っていた塾の先生だ。夫婦でやっている塾で男先生と女先生がいたので、今でも呼び方は男先生だ。人体を通電アンテナのように言っていた男先生。本当は、私の本当の望みは男先生とセックスがしたいのだと思う。
こんなことを現実で話題にするのはまだためらいがある。変な空気にしてしまうこと必須。この話題についても現実で話せる人がいたらいいなと思う。

人間はエネルギー体です
人格はなく、エネルギーの塊ととらえます。
その考え方はしっくりきます。人を憎まずにいられます。
憎むのはエネルギーを使います。余計なエネルギーを使いたくはありません。
エネルギーは循環します。
どんな人でもいったん、様子を見ようと思います。
判断を早めないで、様子を見ようと思います。
あなたがあなたなので、いろんなことを聞きたいと思っています。
もっと私が積極的に、リサーチをする必要があります。

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