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“人類と感染症、共存の世紀”を読んだ

 一人暮らしをしていたころ、インフルエンザに感染したことがある。

 地獄のような苦しみだった。インフルエンザに罹った方ならお分かりいただけると思うが、冗談抜きで亡くなった祖母が迎えに来たのだと思った。頭はまるで無邪気なサイコパスが、直接脳みそをハンマーで叩いているかのように痛んだ。破れ鐘などというレベルではない、もっと大きく、荒々しい何かが頭の中に確かに存在していた。固形物を胃は全く受け付けず、ごくわずかな量でも戻した。お粥はおろか、ゼリーですらダメだった。体温計は見たことのない数字を叩き出し、私は一晩中布団の上でのたうち回った。

 次の日なんとか病院に行くことができ、検査を受け薬を処方してもらい、やっとのことで落ち着いた。病院で怖かったのは、私が訴える症状が嘔吐と頭痛だったことから、もしかしたら髄膜炎かもしれないと医師に言われたことだ。インフルエンザだということが検査でわかったが、わかるまでめちゃくちゃ怖かった。

 私はあれ以来、現代医学がもたらすワクチンと医薬品、そして医療を誠にありがたい存在だと思っている。

 さて、今回ご紹介するのは“人類と感染症、共存の世紀”という感染症について書かれた本である。著者のデイビッド・ウォルトナー=テーブズは医師ではない。カナダのグエルフ大学の名誉教授で、獣医師であり疫学者でもある男性である。この本は最初、2007年に出版された本に今回のパンデミックを受けて加筆修正し、2020年春に緊急出版されたものである。

 獣医師がなぜ、人間の感染症の本を?と疑問を持つ方がもしかしたらいるかもしれない。そういう方にこそ本書を是非読んでいただきたい。この本を読んで私が思ったのは、我々は常に危機にさらされているのだなあということであった。感染症の原因となるウイルス、菌、寄生虫などはそれこそありとあらゆる動物の中にいる。動物どころか、砂、水、空気中、埃___彼らはまさしく、どこにでもいるのである。

 彼らは移動し、増殖を企てる。旧約聖書で神が「産めよ増やせよ地に満ちよ」と言ったが、彼らもまた例外ではない。何万年もの長きにわたり、遺伝子を改良してきた彼らは、遺伝子の命令に従い、不意に起こるアクシデント____宿主を別の宿主が食べたり、接触したり____に伴い、別の宿主へと移動する。そうして、増殖を始めるのである。その行動は新たな宿主を殺したり、害をなしたりすることへとつながってゆく。宿主が死んだりしたり病気になったら、また別の方法で子孫たちが新たな宿主へと移動する。この繰り返しである。

 自然はうまくできているのだ。

 ところが、人間という知能を持ってしまったサルが、自然にちょっかいを出し始めた。彼らは地球全体の気温を上げ、普通なら入らなさそうなところ、例えばジャングルの奥地や素敵な大森林などに資源や心の安らぎなどを求めて分け入り、それまで完璧だった彼らのサイクルを破壊し始めた。宿主を殺したり生け捕りにして持ち帰り、それまでなかった環境に彼らを置き始めた。

 彼らだって黙ってはいない。むしろこれを新たなチャンスと捉え、新たな宿主となった人間たちを住みよい環境に整えたりするべく、活動を開始した。彼らの活動は残念ながら我々人類にとっては、そのほとんどが有害なのである。

 本書ではペスト、結核、ライム病、アフリカ睡眠病、エボラ出血熱などの恐ろしい感染症を取り上げ、解説している。ただ、解説するだけではない。このような恐ろしい感染症と如何に我々人類が付き合っていくべきかもまた、本書では大きなテーマとして取り上げられている。とてもスケールの大きい話になるので、気になった方はぜひ本書を読んでいただきたい。

 我々人類はこれから、多種多様な視点を持ち、生物の語るありとあらゆる物語に耳を傾け、議論し、主張し、団結し、クリエイティブに行動しなければならない。今回のコロナ禍は大きな一つのきっかけになるかもしれない。この書籍を読んで、そう考えさせられた。

 正直言って、感想を書くのが難しい書籍だった。このご時世ならばなおさらだ。ただ言わせてもらうと、セミナーやオンラインショップで荒稼ぎしているような医師の書籍を読むよりも、この書籍を読んだ方が、遥かにお金と時間を有意義に使えると思う。

 あともう一つ。私はこれからどんなことがあろうとも、コウモリは食べないことにした。

 

人類と感染症、共存の世紀 デイビッド・ウォルトナー=テーブズ著 片岡夏実訳

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