見出し画像

盛岡へ

 朝、6時に田園都市線のホームに立つ。盛岡へ行く。ホームはまだ薄暗い。建物に隠れた朝日が冷たい空を広げる。ホームに立つ人々は携帯電話の光を顔に当てている。画面を凝視する。

はたらけどはたらけど猶我が生活楽にならざりじっと手をみる

 手をみるほどの情もなく。メールやTwitter、FacebookにInstagram、noteも。
光の放つ情報収集に必死になる。警笛を鳴らし、やってくる電車。ジョルダンで盛岡までの行き方を調べる。経由駅を追加して、急行の人混みを避ける。到着時間を入力。何時の新幹線に乗るか確認する。時刻表など覚えなくなった。
 西村京太郎の世界もジョルダン一つで簡単にアリバイがあかせる。

 働く人々。掌のスーパーコンピュータは、ステレオタイプの旧人類を奮いに落とす。さながら、電車の中は、新人類へ旅立とうとする旧人類の滑走路のようだ。我が生活を楽にしようと、ブルーライトを浴び続ける。

 夜間飛行を試みる郵便局員にでもなったつもり。危険な仕事を省みず、果敢に職場へ向かう。ターミナル駅から、新たな航路を開拓しに行くように飛び立つ我が生活たち。
エスカレーター、エレベーター、階段。上昇気流にたくさんの人混みが乗り合う。

 東京駅でお土産を買う。ドロップ飴二つ。待ち合わせた女の子たちにと思う。
新幹線乗り場へ途中、切符を買い忘れてたことに気がつく。

 はやぶさで仙台まで1時間半、盛岡まで2時間ちょっと。完全予約制。
 東北はとても近い。会社の人たちにとっては国境を跨ぐような遠さを感じるらしい。大阪は近いと言うのに。精神的な障壁は白河の関を越えない。
 吉里吉里国は岩手と宮城の間にあったと思ったけど、東京の人は福島と茨城、栃木あたりを岩手と宮城だと思っているのかもしれない。それなら猶、東北は精神的に遠い。

 吉里吉里国は独立宣言してから、人口は減りっぱなしで高齢化が加速度的に進む。日本との友好条約が平等すぎて、不平等だったのだろうか。ハリウッドの映画を見て、若者たちはこぞって東京を目指し、日本に国籍を変える。都会がいい。東京がいい。
 東京に憧れる若者たち。現政府は流出を防ごうとする。東京のモノを輸入して、販売店には東京のモノで溢れる。
 
 一方、山を開拓し、土地をつなぐ第二世代たち。自作した農作物は、ビックマックとタピオカドリンクにとって変わられる。農作物は農家の納屋に残り、彼らの収入は逼迫する。
 政府は余った農作物を強制的安価買い付けし、日本へ輸出する。日本は安価に買い上げた農作物を貧しい国々へ寄付する。日本国の名誉のために。

 収入が減りつつある第二世代たち。収入を確保するため、東京へ出稼ぎへいく。
 しかし、そのまま帰ってこない者が約5割。東京の暮らしは刺激に溢れ楽しかった。彼らは国籍を変え、家族と離れた。
 ついに現政府に対し、小さな政治組織、農民解放戦線がクーデターを起こし成功する。午前6時。

 その頃、田園都市線のホームに並ぶ働く人々。携帯電話の露光する情報が、東北新幹線はやぶさの通行止めの知らせを伝える。誰も気に留めない。電車がやってきて、携帯電話から視線を上げる。座れる椅子を探すが、ほとんど埋まっている。女子高生2人が英単語帳を広げて談笑している。隣駅の高校生だろう。彼女たち2人の前に立ち、席が空くのを待つ。

 盛岡へ行く前の日、大阪の子から寒中見舞いの葉書が届いた。

お忙しいトーキオはどうでしょうか?ダーバンも最近は忙しいです。本を読む時間もあまり取れず、読んだとしても文字が上滑りをします。
山の景色が恋しいです。昨年行ったモーリオへ、また行きたいと思う。

 宮沢賢治が生前出した唯一の童話集、『注文の多い料理店』には、イーハトーブのことが書かれている。

 テパーンタール砂漠の遥か北東、イヴン王国の遠い東。
 
 東北新幹線が大宮を越えて北東へ進む。白河の関を越え、吉里吉里国を越え、盛岡駅に着いた。新幹線からホームに降りる。冷たい空気が頬に触れる。それでもまだ、暖冬だという。盛岡にしては寒くない。
 駅近くの路肩には雪がわずかに残る。曇り空。バスが通り過ぎ、タクシーが止まる。

 交差点を渡り、川を越える。川沿いに歩き、光源社へ。宮沢賢治の絵葉書を買う。皿を2枚と山形の蜜で出来た蝋燭を買う。
 
 夕方、仙台へ行き、仕事をする。ホテルにチェックインして、荷物を下ろす。ビジネスホテル。携帯電話の電源が落ちる。ホテルの場所を見失い、当てずっぽうに入る。フロントの男性が確かに予約されてます、と答えてくれる。充電は?と訊ねた。

 ホテルの一室。手紙をくれた子へ返事を書く。トーキオは変わらず忙しい、と。
 手紙を書き終え、大浴場へ向かう。浴場にはたくさんの男性が体を洗っていた。酔の入った2人組の声の抑揚が強い。風呂場は彼らの声で響き、満たされる。
 ゆっくりすることもできず、早々に風呂場から出る。熱が体を覆う。部屋へ戻るとパソコンを開く。充電された携帯電話の画面には、Instagramの通知が灯る。いいねされました、と。

 部屋の光を消す。薄明かりが室内に残る。窓から街の明かりが差し込む。
 ベッドの上、じっと手を見る。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?