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わずかな違いの積み重ね(おらんだ正月)

2020年4月27日

 久しぶり保育園へ行く。ずっと家にいたからだろうか、次男はいつもより浮かれ気分だった。会社には三人の社員が出社していた。会議がお昼過ぎに2度あった。16:30に会社を出る。息子を保育園に迎えに行った。電車から降りると大雨が降っていた。保育園の玄関で待っていると、カッパに身を包んで次男が現れた。公園でお友だちにあって、もじもじしちゃったんだよね、と先生に教えてもらう。恥ずかしそうな顔をして、次男はそうなのだと言った。
 雨を見てカッパのフードを精一杯かぶる。前が見えなくても大丈夫?と聞くと、雨が冷たい、と答えた。雨は好きなのに濡れるのは嫌いらしい。
 17:40に家について、長男に次男を預ける。仕事に戻る。18:00過ぎに妻が帰ってくる。ご飯、どうする?と尋ねると、大丈夫、と。じゃあ仕事するね、と答える。お風呂に入る音、子どもたちを叱る音、ご飯だよ、と呼ぶ声がしたので、仕事を終える。パソコンを閉じて、リビングへ向かう。夕食はグラタンだった。
 食後にのんびりしていたら、同業他社の方から連絡をもらう。このご時世どうしてますか?とお尋ねしたらわざわざお電話をいただき教えてもらう。ありがたき幸せ。少し長電話になってしまった。電話中、長男が楽しみにしていた『勇者ヨシヒコ』を見れず、悲しげな顔を見せた。そのまま眠ったみたいだ。

 レースの中止が続き、少し走るのに飽きた。インターハイも中止らしい。インターハイを目指してた選手は辛い。競技の世界で生きている選手たちは、ただそれだけで尊い。誰が悪いわけでもない。『習得への情熱』てま敗北を慰めてはいけない、と書かれていた。敗北は彼自身を否定するものである。彼の努力は足りなかった、もっとよくできたはずだ、あの時ああすればよかった。後悔が彼を襲い、彼は泣いてしまうし絶望するだろう。そして彼は彼自身を否定する。そんな時、第三者は、敗北なんて気にするな、勝敗が全てじゃない、というあの助言をしてしまうことがある。待て、待て、待て。勝利を求めて努力した過程、全て否定することになるんだぞ、と、『習得への情熱』は書く。すなわち、彼の全てを否定することになる。泣けるだけ泣いた方がいい。後悔が成長を作る。
けれども、勝利も敗北も得られない今年の彼らは泣き疲れた後に何を思うのだろう。泣いて泣いて泣きつかれて寝むるまで泣いて、やがて彼らは静かに寝むるのでしょう。

 競技に生きない私は、泣きもしなければ、酔い潰れもしない。ただ飽きるだけ。飽きたから辛いことをしようと思うだけ。
坂道ダッシュ10本、on mask 、辛い。楽しい。

『おらんだ正月』森銃三 岩波文庫

もともと児童書として編まれた本書。昔の学問の偉人たちを紹介している。

生まれ故郷は雪深く、かつて冬になれば陸の孤島と化した。夏は米を作り、冬は蚕を作る。そうやって農家は暮らしていたらしい。
蚕は目が見えない。そのため、瞽女が日本海から飯豊連峰を越えてやってくると、蚕を育てる農家はたくさんのもてなしで、瞽女様を迎えたらしい。彼女たちが飯豊連峰を越えてまずやることというと、弁天様へお参りして、各々が回る地区へ行ったらしかった。今はその神社がどこにあったのかわからない。

『おらんだ正月』に出る杉山和一は、弁天に江ノ島弁財天にお祈りをしてから急に目覚めたとの話がある。弁財天はヒンドゥー教の女神、サラスヴァティ。水の神であり、芸術、学問を司る神と見做されるようになった。また一方で、戦勝神の性格も持つ。

杉山和一は小さい頃に目が見えなくなる。覚えが悪く、師にさえ愛想を尽かされてしまう。途方に暮れて、江ノ島の弁財天に向かう。芸の神、何かしら救いの手を伸ばしてくれるに違いない、と。それから再び針医の師の元へ行き勉強をする。以前のように物覚えが悪いということもなく、どんどん知識を吸収し、しまいには自身の一派を起こすまでになった。

「おらんだ正月」は江戸時代から明治時代にかけて、異端視された西洋医学の勉強を独自でしていたグループの集まりの名。世のため人のために志し勤めた人物たち。実際に」おらんだ正月」に入っていないものも多くいるが、それらはいずれも志が一緒という意味で、この本に収められたのだろう。

目の見えない者たちが、山を越えるのと同様に、オランダ語が皆目つかなかった時代に『解体新書』を訳すことはまさに暗闇の中に手を伸ばすことだったはずだ。私は、それだけで尊敬できる。ほんの少しずつの情報で正確に答えにたどり着く。情報は盛りだくさんなのに、何ら正解にたどり着けない。もしかしたら、わずかな変化にこそ価値があるのかもしれない。

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