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夢を叶える難しさ

2月18日(土)
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おはようございます。
久しぶりに生まれの地、会津若松に行くのが楽しみでならない桑田です。

さて。
今日は、「夢を叶える難しさ」というテーマでお話したいと思います。

▼夢をもつ
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小さい頃、「夢はなーに?」って聞かれた。
しょっちゅう聞かれた。

「お医者さんになる!」
「すごいね〜、お勉強頑張るんだよ!」

「獣医になる」
「そうなの?じゃあ、動物病院を紹介してあげるよ!見てきてごらん!」
動物病院を見学させてもらって、心躍らせたのを覚えてます。

「研究者になる!」
「そうか!じゃあ、一緒に実験しに行くか!」
そこで色が変わる液体を見て、ワクワクしたなー。きっと、教員の中でも理科の教員になったのは、教科の中でワクワクできたのが理科だったからだと思う。

僕は、小さい頃、コロコロ夢が変わった。
でも、その夢をいろんな大人が、「すごいなー」「頑張るんだぞ〜」ってたくさんたくさん応援してもらって、僕はいつもワクワクして、ドキドキして、目を輝かせて幼少期を過ごしました。

▼大学生になった僕は…
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小学1年生のときにアメリカに3週間旅行に行ったとき以来、バスケットに取り憑かれた僕は、大学一年生の時、プレイすることから指導することに大きく舵を切りました。

それは自分自身の選手としての可能性を諦めたときでもあり、希望に満ちた選手の可能性を広げる役割を果たして、自分の夢を叶えたいと思えた日でもありました。

あのとき、外部コーチとして声をかけてくれた方々には、感謝してもしきれない気持ちでいっぱいです。

そんな僕が、夢を抱きました。
それは「日本一の指導者になる」

18歳でコーチを始め、28歳で県大会優勝、38歳で東北大会優勝、48歳で全国ベスト4、58歳で全国大会優勝。
40年にわたる壮大なプランを志しました。

▼あれから20年
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今年度、高校を卒業して20年が経ちます。
来年度、コーチになってから20年になります。

この間、毎日毎日バスケットのことを考えて、毎日毎日夢を叶えられるように自分なりに努力してきたつもりです。

でも、最近になって思うのは、僕の努力は全然努力じゃなかったな。と反省するんです。
まだまだ、ホンモノになれていない。

時間が経ち、周りの目を気にするようになりました。周りの声に耳を傾けるようになりました。バランスを考えるようになりました。

そして、「ただの人」になろうとしている自分がいます。
心の中は、頭の中はモヤモヤして、ウズウズして、苦しくて、辛くて…
でも、突き抜けられない。

周りの人は、応援してくれるかと思ったら、どちらかというと良くても「勝手に頑張れ」
もしかしたら、「冷ややかな目」で見たり、「バカみたいなこと言ってるんじゃないよ」と陰口を叩かれる。

なんで、小さいときみたいに応援してくれないんだ!って、子供みたいな僕がいる。

なんで陰で言うんだよ!直接、ダメなところを言って、改善するための方法を教えてくれよ!なんて、自分が出来損ないなのを教えてくれない誰かのせいにしたくなる弱い僕がいる。

「夢を叶える」がこんなに辛く、大変な道のりだなんて、想像もしてなかった。

でも、あきらめたら終わり。

そして、僕は気がつけば、40も手前。
若手の夢を応援する番にもなってきている。

こんなことを書きながら、NHKの番組を見てたら、まさにそれで苦しむ人の番組をやってた。
明日は、この人たちのことを書こう。

僕だけじゃない。
みんな、夢を諦めたくなくて苦しんでる。
みんな、夢を諦めるために苦しんでる。

苦しみの先に、必ず光はある。そう信じて、前に前に歩んでいきたい。ときには休みながら…応援の程、何卒宜しくお願い致します。

【追伸】
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