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D19ロックダウンのNZでガチでエンジンが止まった時の話と緊急事態への対処で大切なことを飛行士の知見からわめく

本日のニュージーランドの新規患者数は19人、死者がまたひとり増えてしまった。これでニュージーランドの死者は5人となった。

しかし、昨日に引き続き新規患者の数は低い。

COVID-19に罹患した英国の首相ボリス・ジョンソンが退院したとのニュースが入ってきた。彼を担当した医療チームの中には、ニュージーランドの南島最果ての村インバカーギル出身の看護師がいて、こちらでも話題になっている。

本当に、全世界の医療関係者をはじめとする前線で自己犠牲を払っている人たちには、頭がさがる。彼(女)らも、それぞれの生活があり、家族がある。安易なヒロイズムに陥ることは危険だが、彼らがヒーローである事実に変わりはない。


リアルエンジン故障の経験

さて、今日はひとつ、私の経験を話そう。

実は、以前小型機の教官をしていた時に、エンジンの故障を経験したことがある。

その日は担当学生といつもの訓練空域で訓練を行い、ホームベースの基地に帰投する途中だった。

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帰り道の経路が北回りと南回りの2パターンあって、この日の訓練空域からは、いつも北回りを選んでいたのだが、この日に限って「なぜか」南回りを選択した。たまにはこっちからも帰ってルートに慣れておこうとかそんな感じだったように記憶している。

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ホームベースの空港があと10KM弱、鼻の先に見えてきたところで突然、コクピットが凄まじい振動と連続的な打撃音に包まれた。

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ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!!!!!!!!!!

!?!?

一瞬、何が起こったのかわからなかったが、おそらく1秒後には

「はい〜〜ちょっとアイハブコントロ〜〜」

と言っていた。機を少しだけ傾けて左に緩旋回をしながら、原因を探る。スロットルレバー(車でいうとアクセルペダルにあたる)を動かすと、それに合わせて振動と打撃音が大きくなる。あ、こりゃメカニカルだ、と思って、結論を出した。

滑空して、不時着する。

頭の中でカチカチカチカチーン!と最後までのプランが固まった。たまたま左真横に位置していた、芝生の滑走路を持つW飛行場に絶対に届く位置にいることだけをまず確認し、一息ついた(左に旋回していたのはそのため)。

あとは、ゆっくり。

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スピード再確認、ランディングチェック、メイデイコール、、はしてもよかったが、絶対に届くことがわかっていたので、もともと降りる予定だった空港の管制塔に「ちょっとエンジントラブルでこのままW飛行場に行くわ」と言って、周波数を切り替え、間髪入れずに「W飛行場、エンジントラブル、グライドアプローチランウェイ22、みんなどいてね」と無線を入れる。

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左に浅くバンクを取りながら、左の翼端で滑走路を触り続けるように距離を取りながら近づき、そのまま滑空して降りた。

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とまあ、これが私が今までのキャリアで経験したエマージェンシーのリアルなやつのひとつだ。その日、たまたま南回りの帰投ルートを取っていたので、W飛行場に滑空して降りることができた。エンジンが壊れた時にちょうど真横にいたのはラッキーとしか言いようがない。

事後、エンジン不調の原因はエンジンをオーバーホールに出したエンジン屋があろうことかプッシュロッドと呼ばれる重要部品の品番を間違えて短いものをとりつけてしまったことが原因とわかった。確かに、事故直後、地上でエンジンカバー開けたら、確かにそこがぐにゃっと曲がっていたのを覚えている。

さて、私は運良くエンジンが理想的な位置で壊れてくれたおかげで、結果的にほとんど通常の着陸と変わらないような結末になり、めでたしめでたしだったわけだが、もちろん自分なりに対処を振り返って考察した。「運が良かった」ことが99%で、残りの1%が私が成功に寄与した部分。一連の危機対応の中で、私が個人的に「あ、これが成功の鍵だったな」と思うのは最初に

「はい〜〜」

と言ったことだった。

Startle Effect

突然、目の前で何か問題が起こると、人間は必ずびっくりする。これは、生理現象で、止めようがない。どんなに落ち着いているように見える人も、外界からの刺激を受容した時点で、少なからずびっくりしているわけだ。これを、Startle Effect(びっくり効果)と呼ぶ。そして、人はびっくりすると、呼吸が止まってその間フリーズしてしまう。私が最初に「!?!?」となったのはそのためだ。

だから、間抜けな声で「はい〜〜」というのは、息を吐き出して、呼吸と思考を再開させることに寄与した。で、「はい〜〜」と言いながら「おれは今、間違いなく現実世界で空を飛んでいて、その飛行機が緊急事態に陥った」という認めがたい事実を認める時間を0.2秒くらい確保することができたのだ。

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これが決定的に大事で、なぜなら、危機に直面した際、最初に意識的にやらなければならないのは自分が危機に直面している、とまず認めることだから。人間の頭は、危機に直面すると恐怖か怒りのどちらかで論理的思考を封鎖しにかかるようにできている。猛獣に怯えて暮らしていたころの名残かもしれない。

現代社会で実際に陥る危機は、論理的思考がないと切り抜けられない。だから、訓練をして、まず逃げ出したくなる恐怖を抑え、なんで自分がこんな目にと湧いてくる怒りを沈め、息を吐いて

「はい〜これやばいやつね、おけー」

とまず認める勇気が絶対に欠かせないのだ。

現在の日本に欠けているもの

この「飛行士の視点」を通して今の日本政府の危機対応を見ると、見えてくるものがある。日本は、

危機を危機と認める勇気がないのだ。

それは例えば、「感染爆発の重大局面」とか「瀬戸際」とか「ギリギリ」とか「2週間様子を見て効果が見られなければ」といった言葉らによく表されている。これらの言葉は「まだ我々は、ギリギリ危機の中に入っていないんだ」という願望に基づいて意思決定がなされていることを示している。

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市中感染が7割となっている現状が危機ではなくてなんなのか。日本は、本当は危機の真っ只中にいる。時代区分で言えば、戦中だ。でも、まだ日本政府は、ひいては国民は、自らに「まだギリギリ戦前」と、事実から目を背け続けている。

日本政府が、ジリジリと悪化する事態に対し無策に見えるのは、これが原因ではないか。危機を危機と認識しているなら、どこかで戦力を集中投入して成果を得る「天王山」がある(あった)はずだ。でも今までずっと、まだギリギリ、まだ瀬戸際、と言い聞かせ、危機を認めることをついぞ行わなかった。だから、まだギリギリ戦前だった時(クルーズ船を臨検していた時ぐらいか)に早く動くことができなかった。

市中感染(感染経路の終えない例)が明らかになってからも、そして市中感染が蔓延してしまった今でも、政府は「ちょっとだけ対策して様子をみよう」と「戦力の逐次投入・温存」という平時の発想を続けてきた。当然、効果は出ない。

元の世界は戻ってこない

いつ元に戻るんでしょう、と希望を語るメディアも、基本的に同じだ。

危機のただ中にいる間は、安易に希望を語ってはいけない。目標を全力で突破することのみにフォーカスしなければならない。まだメインディッシュの肉にナイフを突き刺した時、デザートのことを考えることはないだろう。手強い肉を食いちぎることに集中しなければならないのに、これはまだ前菜だと言い聞かせて本気で噛みつかない。危機の実在を認める勇気を持たず、やるべきことをやらない政府・国民に戻ってくる「元の世界」なんてない。

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新型コロナウイルスの影響は長引くだろう、すでにウイルスが変容しているとも聞く。2年か、3年か、それとも10年か。これから我々は、次々と現れる感染症と共存していかなければならない。

つまり、衛生観念を大きく変えて、同じようなウイルスが蔓延しそうになった時、対処しやすいような社会を作っていかなければいけない。今回、リモートワークができるとわかってしまった職種は、それを続けるべきだし、通勤時間をずらすことが可能だとわかってしまったのなら、それを続けるべきだ。

新型コロナウイルスを触媒にして、社会は決定的に変わってしまった。我々には、それを認める勇気があるだろうか。



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「ロックダウンのNZで」マガジンを立ち上げました。私はニュージーランドで飛行士をしています。今は飛ぶ仕事がなくなって、首を洗って待っている状態です。時間ができたので、ロックダウンのNZから見た現状、今後、日本の対応について思うことを毎日書くことにチャレンジします。よろしければ是非フォローをお願いします。

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ZKASH

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