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初めてのポテトチップス

毎日ポテチを7袋、台風の日は15袋、一度の摂取量420g。私ほどポテチを愛する人間はいないだろう、そう自負している。

そんな私が初めてポテトチップスを食べたのは小学二年生の頃。まだ歯抜けで食事の嗜好すらも定まっていない幼き舌にカルビーのコンソメパンチは名前の通りパンチを食らわせた。

学校から帰ると台所に見慣れぬ金色の袋あり。どうやらスナック菓子だということをパッケージから察することは出来たが、はたして勝手に食べて良いものか?私はしばらく思案した。数年後には二度と会えなくなるのだが、その頃はまだ看護師で栄養バランスなどに大変厳しい母が家にはいたからである。

と、いうことはその黄金に輝く袋・・・ジパングは父のものだ。この父も数年後にはほんのり会えなくなるがそれもまた別の話。ジパングがスナック菓子に寛容な父のものなら話は早い。盗み食いしたとて怒られることはないからだ。

そおっとジパングを手にとってみた。

「軽い・・・」

年端もゆかぬ子どもとはいえ金塊の重さはなんとなくイメージがつく。その想像からすれば信じられないほどその袋は軽かった。重さを感じるか感じないかのその刹那、私は袋を切り裂いていた。何故そうなったのかはわからない黄金に目も心も奪われていたからかもしれない。

雑に切り裂かれた袋を手にして私は硬直してしまった。「ああ、人が死ぬときはこうなのか」そんなことが脳裏によぎり、自分の生い立ち、わずか8年という短い年月が走馬灯のように流れた。

貫いていたのだ。

手に取った時に目も心も奪われて、袋の中から立ち上がるパフュームに鼻腔を貫かれていた。目の前には大判小判がざっくざく、宝の山が広がっているのに手が出せないという、黄金だけにこれがほんとの金縛り。

口の中はもう香りに支配されて唾が渦を巻いている状態。それをゴクリ!!と一飲みにした勢いそのままに「まさに黄金比極まれり」どこのデザイナーでも描けない魅力的な楕円を一枚、指で挟んだ。

まだ性を知らぬウブな少年A。初体験へ手を伸ばしたのだ。

勢いよく、しかし何よりも誰よりも優しくソフトに丁寧に彼女を挟みあげた。目で愛でる。いくら見てもその完成された造形は飽きることはない・・・が、もう我慢はできない。私も一人の「男」だったのだ。

初めてのキスは甘酸っぱい、なんて話を聞くがそれはキスを知らない方の妄想だろう。正しくは「初めてはパンチが効いている」ゆっくりと口を開き、これまたそおっと舌の形に合わせるようにしてポテチを乗せた。

ジュワリ・・・

私の舌に表現しようのない濃厚な何かが浸透してくるのがわかった。唾液で味が活性化される特異なタイプのものだ。人間は大抵の場合、初めてのものには少しの拒否反応を持つという。

原始時代からの名残、DNAがそうさせるのであろう。危険なものを飲み込まないためにリミットがかかるのだ。しかしその時の私はレブリミットを超えてオーバーレブ状態、初めの1枚こそ粉雪に触れるかのように優しさと純白さに包まれていたが

2枚目以降は・・・いや枚数なんてわからなかった。目を覚ますと「あ、夢だったんだ」状態。しかし、しっかり「おねしょしてる」という現実はあるわけで、ポテチから目覚めたとき目の前には不思議なほど綺麗になったコンソメパンチが横たわっていた。

まるで祖父のお葬式の時と同じだ。棺で目を閉じ穏やかな表情で横たわる祖父。周囲の大人たちが嗚咽を漏らすなか、私はただ一人じっと祖父を見つめていた。もちろん喜びや楽しいなどという感情はないのだが、悲しみや辛さという感情がまだ出来上がっていないほど幼かった私。

不思議な感覚だった。

ハッと我に返ったのは「美味かったか?」と背中ごしに声が聞こえたからだ。振り返ることもなく、返答するわけでもなく私は深く1度だけ頷いた。「そうか」と微笑を携えた声だけ残して父は去っていった。

これが私の初体験。そして初体験にして性の喜びならぬ芋の喜びを私は知ってしまったのだ。

#cakesコンテスト2020

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