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みずたまりを居酒屋で見た


正確には、居酒屋のトイレに貼ってあるプロレスのポスターの中に、彼女を見つけた。

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みずた まり。

わたしが小学三年生になった春、シングルマザーである母親の仕事の都合で、東京から越してきた女の子だった。学年は二つ上だったが、田舎の小さな小学校ではたちまち有名になった。
その理由のひとつは、みずたまりの風貌にあった。小学生とは思えないほどの端正な顔立ちで、身長が飛び抜けて高かった。間違いなく、学校一の美少女だった。
そしてもうひとつは、みずたまりの服装にあった。わたしがはじめて見かけた時は、テレビでしか見たことのないような豹柄のミニスカートに、ぴたりと体に吸いついたような小さいTシャツで、へそが出ていた。おまけに茶色く染めた髪は腰まであり、耳にはゴールドのピアスもついていた。みずたまりはその派手なファッションを着こなしていたが、学校の上履きにはあまりに不釣り合いだった。
畑と田んぼに囲まれた学校の中では、言うまでもなく完全に浮いていた。



みずたまりが越してきて、程なくしたある日、小学六年生だった姉が興奮気味に雑誌を見せてきた。それは姉が愛読していたティーン誌で、当時は派手なメイクのギャルたちが誌面を賑わせていた。

「みずたまりがのってる!」

え、とわたしは姉から雑誌をひったくり、食い入るように見た。

『NEW専属モデル、まりチャンを大解剖!』

なんと見開き二頁にわたって、みずたまりの特集だった。扉ページには、顔の横でWピースをして恥ずかしそうに笑うみずたまりの姿がでかでかとあった。自宅で撮影しているらしく、背景にはピンクの豹柄のベッドカバーに、同じ柄のカーテンが見えた。ベッドにはキティちゃんのぬいぐるみが座っていた。

わたしは、衝撃を受けた。
おなじ小学校の子が、雑誌に載っている…
しかも、専属モデル…!


この町に現れた時から、その小学生らしからぬ美貌には一目置いていた。そればかりか、あの有名雑誌に大々的に取り上げられるという、あの頃のわたしには到底考えられない偉業を成し遂げたみずたまり。

わたしは一瞬にして心を奪われて、みずたまりのことをもっと知りたくなった。
その日から、わたしはみずたまりを調べる「探偵」を始めることにした。自由帳の右上を穴あけパンチでガチャンとやって、お気に入りのボールペンキーホルダーをつけた。そして、表紙に小さく「探ていノート」と書いた。
それから幾度も、姉の目を盗んでは姉の部屋にある雑誌を読み込んだ。そして、そこに書かれた情報をノートに逐一書いた。

みずた まり
・東京生まれ
・5年生
・雑誌◯◯のモデル
・ひょう柄とキティちゃんがすき
・浜崎あゆみもすき
・きょうだいはいない


五月になって、学年縦割りの委員会が集まる機会があった。みずたまりと同じクラスの五年生に、みずたまりのことを聞いた。

「みずたまりちゃんってどこに住んでるの?どんな人?」
「第七だけど、あんま話したことないんだよね。」

みずたまりは、ほとんど学校へ来ていなかった。たしかに、探偵になってからみずたまりを見たのは、数える程だった。
探偵ノートに付け加えた。

・けんじゅう第7(※)に住んでいる
(※ 県営住宅の第七団地)


それから月に一度の委員会のたびに、その五年生にみずたまりのことを聞いたが、相変わらず学校へはたまにしか来ていないとのことだった。同じ階に教室があっても、会えるのは月に一度あるかないかだった。


十月になって、まったく学校に来なくなってしまったという話を聞いた。春、学年問わず彼女の噂話で持ちきりだったのが嘘だったかのように、皆みずたまりのことを忘れているようだった。みずたまりなんて元からいなかったみたいだった。
それでも、得られるわずかな情報をノートに記し、はじめのうちは熱心に探偵を続けていた。しかし、不登校だというのがわかると、わたしも調べ甲斐がなく退屈してきてしまい、みずたまりのことをだんだんと忘れていった。



十二月、PTA役員の保護者たちが学校でカレーをもてなす、クリスマスパーティが行われた。わたしの母は役員だったので、母が生徒に配膳する横で、カレーを食べていた。すると、母が別の役員たちと話しているのが聞こえた。
察するに、どうやらみずたまりの母親は再婚し、少し前にその再婚相手のもとに引っ越していったと言うことだった。

わたしはショックをうけて、カレーを食べ終わるとひとりで帰った。帰り道に、第七団地の前を通り、建物を見上げた。

あの雑誌に載っていた、みずたまりの部屋はもうないんだ。

みずたまりに聞きたいことがたくさんあった。

服は、どこで買っているのか
髪は、お母さんに染めてもらったのか
ピアスは痛くないのか
雑誌の撮影ってどんなのか
学校を休んでる間、なにをしていたのか

こんなことなら、頑張って話しかければよかった。


みずたまりは、どこへ行ったのだろう?


なんとなく力尽きてしまい、わたしのみじかい探偵ごっこは敢えなく終了した。
家につき、ランドセルから探偵ノートを取り出した。「探ていノート」の文字の上に進研ゼミの付録でもらった名前シールを貼り、探偵ノートをもとの自由帳に戻した。


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トイレの便座に腰かけながら、そんな一連のことを思い出していた。

ポスターの中から、みずたまりがこちらに笑いかけてくる。彼女を最後に見たのはもうずいぶん昔だけれど、わたしはみずたまりを間違えない。穴が開くほど見たあの誌面の笑顔と、まったく同じだったから。それに、彼女の写真の横には「水溜マリ」とあった。(なんとも弱そうなリングネームだけど。)



朝、登校しているみずたまりを見かけたことがあった。
小学生のわたしが買ってもらえるはずもなかった、憧れだった厚底ブーツを履いてきていて、それが下駄箱に入りきらず、鬱陶しそうに押し込んでいた。

それと同じように、あの小さな田舎町は窮屈で、みずたまりには狭すぎたのかもしれない。

みずたまりがリングで大暴れしている姿を思い浮かべて、わたしは席に戻った。

長いのに読んでくれてありがとうございます。