「今昔物語集」 妻を寝取られた貴族
あなたは妻に間男されたらどうします?
おい、いきなり何いうてんねん、あんた。
心臓に悪いでそれ。
危ないこと聞くなあ。
ショックつかみです。
実はですね、巻二十八に「間男」の話が載っているわけです。
それも十一話、十二話の連続ですよ。
ただ、「秘伝・間男の仕方教えます」という話ではありません。
逆です。
間男されたときの男の対処の仕方、これが立派やったという話です。
こんな話が残ってるくらいですから、けっこうあったのかも、間男。
結婚前から夫候補その一、その二、その三なんてあって、その内にいいのを選ぶ。
この時代の結婚は妻のところに通っていくわけですから、男が間遠くなってしまったら女は縁が切れたと思うでしょう。次を頼みにするのは当たり前かもしれません。
巻二十八の十一話のことです。
間男されたのは、下級貴族で、受領という都から地方に赴任する役人です。名前はわかってません。
間男のほうははっきりしています。僧侶です。俗世を捨てたはずが女性は捨てられない。
中にはもてた僧侶もいたのでしょう。
読経の声にしびれる。
袈裟姿に惚れ惚れする。
話術が巧みで、信者を前には説法が、女性相手では口説きが上手い。
この時代修行をつんだ僧は貴族などにお呼びがかかります。藤原道長の邸宅には僧坊があったそうです。避けていても自然と奥周りとも接触が起きそうです。
間男した坊さんですが、名前を感秀と言います。
みなさん知ってますよね、祇園の八坂神社
この時代に大きな騒動があって延暦寺の末寺に組み込まれていました。
このお寺の「別当」です。お寺さんの庶務の責任者です。
みなさん知ってますよね、紫式部。
この人の兄です。和歌に優れていたそうです。
妹は平安文学で名を残し、兄は平安間男で名を汚すとでも言えましょうか。
受領の男、長受領といわれ、守の地位にもついていますから年功のあった方のようです。お年も召していたでしょう。この家に祇園の別当の感秀がひそかに通っておりました。常日頃の家の様子がなにやらおかしい。仕えている女たちから感秀の名前が口に登るのを聞いたことがある。通りかかると下を向いて口を閉ざす。良からぬことがあるぞと|勘づいていました。
感秀はというと、留守の日になるとやって来て我が家のようにくつろぐありさまでした。
この日長受領が帰宅してみると、女の召使いたちの様子がおかしい。勘づいた長受領、奥の方の部屋に入っていく。女主人も心中穏やかならぬではおさまらんでしょう。心臓がどきどき、口から飛びでそうだったにちがいありません。
長受領が見たものは大きな唐櫃です。いつもは開いているのに錠がさしてある。逃げる間もなくとっさに隠れたのに違いない。
さあ、この唐櫃をどうしてくれようか。谷に捨てようか、川に流そうか。燃やしてしまおうか。
若ければ怒りにまかせて引きずり出して足腰立たないように打ちすえて、鴨川の河原にでも捨てたでしょう。
ここはぐっと感情を抑えました。怒りにまかせてみっともない姿を見せられません。
この間男、まさに袋の中のネズミ。しかしネズミの顔は見たくない。開けて外に出すようなことはしません。口の達者な感秀のことです。「唐櫃の中で入定できるか試しておりました。そのときにお帰りになって」などと言い逃れをするに決まっております。
分別のある世慣れた侍を呼びつけて言い渡しました。
「この唐櫃を祇園に持って行って誦経してもらってこい。」
お経を唱えてもらって、中身はお布施にどうぞって具合です。その旨をしたためた書状を侍に持たせます。人夫たちは唐櫃を屋敷から担ぎだして祇園に向かいます。どうなるかと見ていた女主人も女たちもひと言も言えません。なすすべもなくただ見ているだけです。
唐櫃の中の感秀ですが、真っ暗な中で何を思ったやら。棺桶に自分から入って埋められようかという有様です。
祇園に持って行くと迎えの僧たちがぞろぞろと出てきます。立派な唐櫃を見るや、これはたいそうなお布施だろう。さぞかし貴重なものがたくさん入っているに違いない。
「別当に早くお知らせしよう。立ち会いでないと開けられない。事情を知らせて呼んでこい。」
中で聞いてた感秀は「立ち会いで」を聞いてがっくりでしょう。
随分経ってかえってきた者が、
「別当はおでかけでしょうか。探してもどちらにもいらっしゃらないようです。」
長い間待たされた使いの侍はじれてしまっています。
「私も忙しい身です。ここでこうして長々と待ってはいられません。私が開けてみたところで大して障りはないでしょう。さあ開けましょう。」
責任者の別当が立ち会わないとと思っている僧たちは戸惑って何も言い出せません。
侍の声を耳にした感秀、なんとか窮地をぬけだしたかったでしょう。寺の者、受領の侍どもの前で開かれたのでは末代まで笑いものです。
か細く情けない声で言いました。
「ここで開くな。所司だけにしなさい。」
これを耳にした僧侶たちは驚いて顔色が変わりました。使いの侍も眉をしかめてしまいます。
どういうことか確かめなようと錠を外し恐る恐る開けました。唐櫃が大きく開きました。
感秀が憮然《ぶぜん》とした表情で観念していました。
これを見た僧侶たちはしまったと思ったのでしょう。手で目をふさぎ口をおさえて蜘蛛の子を散らすように逃げ去りました。使いの侍も事を察して逃げ帰りました。
最後「別当は唐櫃から出て走り隠れにけり。」とあります。
「どこか人目につかないところに姿を隠した。」ということでしょう。
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