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水辺のビッカと月の庭 二十六回 背中合わせのトッシュ Ⅳ

「公園に一人で追い出されたらどうなるかわかるかい?」
赤のトッシュが問う。ヒロムはかぶりを振る。
「すたすたと真っ直ぐ出口に向かえば出られる。うろうろきょろきょろすれば」
そこまで言ってぐっとヒロムをにらむ。
「公園を歩いているうちに木の葉がくっついて虫にされるか、砂場の鯉の餌になるかだよ」
ヒロムの表情は歪みみるみる青ざめる。
「そうだったんだ」
沈んだ声で言う。
『帰れなかった子はまだ公園にいる』
キルカの言ったことばを思い出す。ヒロムはゾッとする。座ってしまいそうになるとこをこらえる。
赤のトッシュはヒロムをまじまじと見る。
「光を失うのがわかっているのに出口まで送った。手助けする筋合いはちっともないのに。なんでだろうね、青のトッシュ」
赤のトッシュはしきりに不思議がる。
「どこで落ちたかわかっているはずだ」
青のトッシュが言う。ヒロムはゆっくりとうなずく。
「水の屋敷の庭でした」
「許しも得ないで入っただろ」
「はい」
「他人様の庭に入ってまで揺らそうなんて」
反対側から赤のトッシュは呆れ声で言う。
ヒロムは黙って下を向く。
「揺らす力もないのに揺らそうと手を出した」
ヒロムはじっとトッシュたちの話を聞く。何も言えない。キルカの口から言われていると思って聞く。
「月の庭で落ちたから、キルカは小屋を出たのかもしれない。どう思う赤のトッシュ」
青のトッシュはヒロムを見ながら言う。
「なんとも言えないね。ただ無謀なことをした。そのせいさ」
赤のトッシュにキッパリと言われてヒロムはうなずく。
「キルカは今もトウミンだよ」
「こんじきになるとなにかあるの」
聞いていたヒロムはボソリと言う。
「口を挟むんじゃないよ」
赤のトッシュにピシャリと言われる。
「キルカは見張り番だ。務めに終わりが見えないのはキルカも承知だ」
青のトッシュが言う。厳しい言い方をしているがどこか敬意をもった口調だ。
ヒロムは神妙な面持ちで聞く。
「なにダンマリしてるんだい。食っちまうよ」
今度はふざけた調子で言う。
「キルカさんに、動かないでここで待ってろと言われました」
一語一語はっきり言う。
「キルカは『迎え』がくるって言ったのかい?」
ヒロムははっきりとうなずく。
「青のトッシュ。キルカはわたしたちをお迎えだと言ったらしいよ」
回って顔を見せた青のトッシュが言う。
「キルカに免じてその役目を果たそうか」
「これは言っておくけど、これっぽっちもそんな義務はないからね」
赤のトッシュが言う。
「トッシュさん、ぼくは助けら‥‥」
トッシュはくるっと回転して横を向いてしまう。
「だからその言い方はよせ」
「赤のトッシュ、ごめんなさい」
「謝られてもね。言うべき相手を間違えてるよ」
顔を見せた赤のトッシュが言う。
「さて、いつまでもここで居るわけにはいかないよ」
象牙色の低い空はしだいに変色している。
トッシュはくるくる踊るように回転する。
ヒロムはただうなだれ、呆然と眺める。輝きを失いやや縮んだキルカの姿が脳裏に浮かび上がる。
「今さら何にもできやしないよ。キルカのことはほっときな」
「キルカに許されたようなもんだからしっかり帰るんだ」
青のトッシュと赤のトッシュがかわるがわるに言う。
回転が速くなる。
「許した数だけ金色になればいいのに。そうすればとっくに‥‥」
 ヒロムはつぶやく。
トッシュの回転がピタッと止まる。
赤のトッシュが顔を見せる。
「まだここにいるのかい」
「ここで何をしている?」
代わる代わるに問う。回転する前とは話し振りが違っている。
「ここを降りるんだ」
青のトッシュが言う。
「どこ?」
「ここだ」
青のトッシュの視線が足元を指す。
ヒロムははっきり見ようと覗きこむ。
地面に描かれたマンホールの穴に見える。
「早くおりろ」
ヒロムは青のトッシュを見る。
かぶりを振って、無理だと知らせる。
「開けていられる時間は長くはない」
もう一度見る。ヒロムは戸惑う。
下りろと言うけれどどこへ続くのかわからない。確かめたいことはいくつもある。しかし、ここにはいられない。
ヒロムは穴の中に下りていく。

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