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水辺のビッカと月の庭 二十一回   ここにいないヒロム Ⅱ

二十一回 ここにいないヒロム Ⅱ
ビッカの赤い目玉はグルグル回りだし、ムンカの尻尾はパタパタと空を叩く。
次に向いあって顔を見あわす。
「ヒロムの話しとくい違っているよ」
不愉快そうにムンカが言う。ビッカもますます困った表情になる。️
影男は右手を振りながら、
「あの子は好きなブランコは大事にするけれど、そうじゃないのは」
と言って焼け残りのブランコを見る。
ビッカとムンカは呆然とする。
「あんたらヒロム思いだね。嘘なら良いけど、残念ながら今言った通りだよ」
影男は言う。ムンカは信じられないと言った表情で、
「だったら月曜とか木曜とか名前をつけていたブランコはどうなのさ」
とヒロムから聞いた話をする。
「それは‥‥」
ビッカとムンカは視線を影男に注ぐ。
「月曜のブランコ、名前までつけたブランコが今は無いよね?」
口ごもっている影男は渋々話す。
「確かにヒロムは毎日のように公園にやってきたよ。ブランコに乗るためにね」
「週に4日は揺らしているって言ってた」
ムンカが付け加える。影男はうなずく。
「ヒロムは上手に揺らすことは間違いない。でも気に入らないと乱暴に扱う」
ビッカとムンカは黙って聞く。
「彼はブランコに囚われてるとしか言いようがない」
影男はす早く右手をワイパーのように振る。
その素振りを見てビッカが言う。
「それは大袈裟だ」
「付き合いはボクのほうが長い」
きっぱりと言って影男の態度は変わらない。
「気に入ったら、もうそればかり揺らしつづけて、結果不具合がでてきて撤去することになる」
「それならヒロムが悪いって言いたいわけ?」
ムンカが言う。
「ヒロムの他にブランコに乗り続けている子はいないんだ。飽きることがない子だよ」
影男は右手をワイパーのようにゆっくりと振る。
ビッカは不満げだ。
「それだってヒロムだけが理由にはならない」
と言ってみたが、言葉が続かない。
ムンカは「マズイな」と独り言のようにつぶやく。
 影男は大きく息をする。体が膨らんでいる。
「ところで、ここでは見かけない顔だね。あんたたちは、いったいどこから来たんだい」
ビッカとムンカが顔を見合わせる。困った表情が浮かぶ。
「それが何か関係があるの?」
不愉快そうにムンカが答える。
「親水公園からやってきた」
ビッカはぶっきらぼうに答える。
「シンスイ公園? 聞いたことがないな。水浸しの公園なのか」
ビッカは顔を天に向けて声をあげて笑う。ムンカもつられて笑う。
影男は憮然としている。
「あんたたち、この町は初めてだよね。ヒロムとはどんな関係なんだい?」
「ヒロムに連れられてやってきた」
ムンカが答える。
青い作業着のフードが小刻みにふるえる。
「連れられて? あんたらをヒロムが連れてきたのか?」
影男は驚きの声で言う。
「そういうこと」
ムンカが答える。
「それでここで何をしてる」
「見ればわかるよね」
笑いながらムンカが言う。
「ブランコに乗っている」
ビッカはとぼけた口調で言う。
作業着のフードのふるえが大きくなる。
「どういうことだ!」
あせる影男の様子を見てムンカが言う。
「本当は違うよ」
ムンカは、真似をして短い両手をワイパーのように振って言う。
「それはあんたを呼び出すためだよ」
ビッカが言う。腑に落ちたらしく影男のふるえが弱まる。
「そっか。軋む音につられてボクはのこのこ出てきたわけでだ」
ビッカとムンカは同時に頭を縦に振る。ムンカが説明する。
「ヒロムが言っていた。ブランコの揺れる音を聞くとあんたが現れるって」
影男はダブダブの作業着のからだを揺すって言う。
「ブランコの揺れる音を聞くと、ひどく軋んだ音は特に気になるんだ」
「職業病の一種だな」
ビッカが笑いながら言う。影男のフードも、笑って引きつったようにふるえる。
「だが来てみると揺らしてるのはヒロムじゃない。あの子はどうした?」
「そのことだよ」
ムンカは憮然として言う。
「全然面白くないんだ」
「というと?」
「ヒロムとはぐれてしまった」
笑っていた影男の動きも止まる。
ビッカが言う。
「家に送りとどける途中だ」
「その本人がいないんだ。どこ行ったら会える。知ってるでしょ」
ムンカが尋ねる。
影男のフードの縁が赤っぽく光る。
「三人でいったい何をしていたの?」
影男は尋ねる。ビッカは問い詰められているようで面白くない。
「月が綺麗だからね、月見がてらに夜の町を散歩してたのさ」
ビッカがとぼけた答えを返す。
ムンカは尾っぽでビッカを叩く。
「今のは忘れて。親水公園の湿地帯の沼に浮かんでいたヒロムを引き上げたんだ」
「沼で何してたんだ。泳いででもいたのか」
影男はぼそりと言う。ムンカは良くわからないと首を振る。
「どこではぐれたの?」
影男が聞く。
「どこでじゃないな、あれは」
ビッカはそう言って首をひねる。かわりにムンカが影男に話す。ヒロムが地に飲み込まれるまでの様子を。
三人で暗闇を歩いてたこと。明かりが見えて行ってみると土でできたドームのような家だったこと。明かりの漏れる窓から見るとビッカに似た住人を見たこと。
影男は視線をビッカに注ぐ。影男は左右の腕をワイパーのようにふりだした。
ビッカに報告しているうちに、一人で見に行ったヒロムが窓から飲みこまれてしまったこと。
影男は次第に興奮してワイパーが早くなる。
「それはキルカの小屋だ!」
その名を口にだした途端にからだが作業着の中で震えだす。
「ま、まさかキルカに出会うなんて」
影男はとまどった口調で言う。
「おかしいぞ」
独り言のように言うと影男はその場でくるくる回る。
「おちついてよ」
そう言ってムンカは影男の動きを止めようとする。
「キルカに告げ口されたらどうしよう」
狼狽が止まらない。
「なにあわててるの」
ムンカは心配する。ビッカは作業着の袖をつかむ。それを見てムンカも反対の腕をつかむ。
影男はやっと動きを止める。
ビッカはツンツンと作業着の袖口を強く引っ張って尋ねる。
「キルカって何もんだ?」
影は息を男ととのえて答える。
「公園の、遊具の管理人だと言われてる」
影男の声はまだ緊張している。
「ヒロムは大丈夫かな。咎められてないかな」
ムンカは心配する。
「知ってることを話してくれ」
ビッカの赤い目が影男を睨む。
「ヒロムがボクと会話をしたとキルカにばれるとちょっとまずいかも」
「どうまずいの」
「だれがまずいんだ」
渋々影男は言う。
「小屋に呼ばれるかもしれない」
ビッカは表情を険しくして言う。
「ヒロムはもう小屋にいる。呼ばれるのはあんただろ」 
「さっきから自分のことばかり心配してる」
ムンカも呆れる。
影男のフードが赤っぽく光る。
「何かの決まりを破っていたわけだ」
ビッカは疑問をぶつける。影男はただひたすらフードを光らせている。
「頼むからヒロムについて教えてくれ」
「そのキルカに連れて行かるとどうなるの?」
影男は落ち着こうと深呼吸をする。フードの色が青っぽくなる。
「待ってくれ。ちょっと整理しないと」
影男の作業着が少しばかり膨らむ。ビッカとムンカは影男を待つ。
「まず親水公園の沼に浮かんでいたところから考えてみると」
「それはもういいよ」
ビッカとムンカが声をそろえて言う。
「ではヒロムがキルカの小屋に飲み込まれたということからだ」
「中をこっそり覗いていたから?」
ムンカの問いに影男はかぶりを振る。
「もっと深刻なの?」
影男のフードがうなずくようにゆれる。
「公園のブランコから落ちたということなんだ」
「え? 落ちたって! ヒロムが」
ビッカとムンカは同時に声を上げる。

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