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水辺のビッカと月の庭 二十回 ここにいないヒロム Ⅰ

「ムンカ、もう止そう。指が傷だらけになってしまうぞ」
ムンカは必死になって黒い地面を掘っている。見かねたビッカが止める。
「ヒロムが地にのまれてしまったんだよ」
手を止めたムンカは不満そうな表情でビッカを見る。
「もちろん心配だよ。でも地面を掘ったところで見つかりはしないよ」
ムンカは自分が掘ったあとを見る。非力なムンカの力ではくぼみにもなってない。
「ではどうするの。ヒロムはどこかへ行っちゃたよ、これで終わりにするの?」
ビッカの表情にも苦渋が浮かぶ。
「そんなこと思ってない。でもここにいても手がかりはないよ」
ムンカは薄暗闇に沈んでいる街の方を見る。
「でも探すんだね」
ビッカは深くうなずく。それを見てムンカもうなずく。
「考えがあるんだよね」
ムンカは尋ねる。ビッカは首を横に振りながら言う。
「無いことは無い。でも知らない所でできることは限られてるよ」
「でもそれをするんだよね」
ムンカは催促する。
「そうだね。戻ろう」
ビッカとムンカは来た道をひき返すことにする。
「さっきから二人とも『でも』が多いね」
ムンカがぼそりと言う。
「ああ本当だ。ところで、こちらの道で間違いない? ムンカ」
自信がなくてムンカに尋ねる。
「いつも決まった道の散歩ばかりしているからだよ」
ムンカに言われてビッカは苦笑いで答える。
ムンカはすたすた先をゆく。
「本当にどこへ消えたんだろう、あのドームの家」
ムンカはぼそりと言う。
ビッカも思いついた言葉を口にだす。
「まったく迷子だな、ヒロムもぼくらも」

町から外れた所から住宅街に戻ってきた。
青白い路面はうねり、家々の屋根はそりかえっている。
「ここがヒロムの家だったよね」
ムンカが立ち止まって家を見上げる。
「ヒロムは帰ってないよね」
屋根も壁もクシャクシャになってしまっている。
ビッカがムンカを見て背中を指差す。
「それここに置いて行こう」
「リュックを?」
「そう」
「ヒロムのものだもね」
ムンカは背中からおろし開けて中を見る。
「どうなってると思う?」
勿体ぶって言う。
「重くはなさそうだ」
ムンカはリュックを逆さまにした。
「なんにも出てこないよ。入れたはずなのに」
振りながら言う。ビッカも首を傾げる。

ムンカはリュックをヒロムの家の玄関前に置く。
「はぐれちゃったね」
心ぼそくムンカは言う。
「ちょっと目を離したすきに、小屋に飲み込まれたな」
ビッカの表情も暗い。
「ビッカに兄弟がいるなんて尋ねたからかな」
ムンカは少し後悔する。
「一緒に見に行けばよかった」
「この会話、無駄だよね」
ムンカが言う。
「ああ、そうだ。埒が開かないよ」
「何か考えはある?」
「とにかく最初の公園に行ってみよう」
ムンカはうなずきビッカの後ろをついて行く。

「ビッカ、同じことを考えてるよねきっと」
ビッカは空を見上げながら「多分ね」と答える。
空には半月の赤い月。空気はとても乾いている。
「月が戻ってるね」
気がついたムンカが言う。
「ここで初めに見たときとほとんど同じ位置だ」
見上げたビッカが答える。立ち止まってじっと見る。
「空にも絵が描けるのかな」
「馬鹿なこと言ってないで。着いた。ここだよね」
ムンカの足が止まる。
火曜のブランコがあった公園に来る。
「まだ匂ってるね」
「気のせいだよ」
二、三歩入るとビッカは言う。「かもしれないな」
ムンカはキョロキョロしながら砂場の前を通る。ビッカがムンカに話しかける。
「覚悟はいい?」
ビッカの問いかけにムンカの表情はかたくなる。
「大袈裟なことを言って脅さないで。あの整備員姿を現すかな」
「ここでの手がかりはあいつだけだよ」
ビッカは答える。
ビッカとムンカは焼けこげたブランコを前にする。
「ムンカ乗ってみるか」
ビッカが指さしたのは焼け残ったブランコだ。
「大丈夫かな」
金属製の吊りロープはダメージをあまり受けてないように見える。座板は焦げているが形は崩れてない。
ビッカが揺すってみる。
軽いムンカなら乗っても十分耐えられる。ビッカはムンカをヒョイと持ち上げてブランコに座らせる。
「しっかり握ってろ」
ビッカはムンカの背中を軽く押す。
「ムンカ、重くなった?」
「はぁ?」
今度はやや強く押してみる。それでも動かない。
「もっと強くでもいいよ」
ビッカは引き寄せて力一杯おす。
「わ!」
ムンカは思わず声を上げる。
「でもちょっと面白いかも」
ビッカは3回4回と背中を押す。
「もっと大きく」
ムンカに言われてビッカは力を入れる。
「どうだい、何か変わったことは」
ビッカは尋ねる。
「ううん、わからない」
「風の音はどうだ」
「ちっとも変わらない」
「ヒロムは本当のことを言わなかったのかな。
「そうは思わないけど」
「もしかして焼け残りのブランコじゃダメかな」
ビッカが不満げに言う。
その時だった。吊りロープが軋みだす。
「ビッカ、いやな乗り心地になっているよ」
軋む音は次第に大きくなる。音は公園を飛びだして街中にもこだます。
「ビッカが焼け残りだなんて言うからだよ」
言われたビッカは慌ててブランコを止めようとする。ブランコが左右にブレて暴れだす。
「無理に止めないで」
ムンカが叫ぶ。ブランコは駄々をこねるように揺れだした。
はねるブランコが当たりそうになってビッカは尻餅をつく。
軋む音が止んで大きな笑い声が聞こえてくる。ビッカもムンカも自分が笑われたようで表情が険しくなる。
声の主が植え込みの向こうから姿を現す。
「だれが軋ませてるのかと思ったらあんたたちか」
声のする方には影男が来ていた。上下一体の空色の作業着を着ている。
「確かヒロムと一緒にいたな。それにしてもひどい揺らしかただ」
あきれた口調で言う。
「乗っちゃいけないレベルだな」
ビッカは顔をしかめ、ムンカは吊りロープにしがみつく。
「この子は初めてのブランコだ」
ビッカが言う。
「ブランコの機嫌を損ねてしまったな」
影男が近づいてくる。作業着が大きすぎてダブダブだ。
「このブランコの悪口か何か言わなかった?」
ビッカが顔をしかめる
「焼け残りのブランコって言っただけだよ」
とムンカが答える。
影男は右腕をワイパーのように左右に振る。
「それはだめだ。好きで燃やされたわけでもない」
それを聞いてビッカは機嫌が悪くなる。
「燃やした本人に言われるとは心外だ」
ビッカの右目がぴくりと動く。
「それより駄々っ子みたいだよ。どうやって止めるの」
ムンカが影男に助けを求める。
影男は近づくと左手でロープを右手で座板を持つ。
抱えるように持つとピタッと止まった。
ムンカはブランコから降りて、影男のすぐ目の前に立つ。
「な、なんだ」
影男は少し怯むようすを見せながら言う。
「来てくれてありがとう」
影男はとまどう。
「整備員さん、教えて欲しいことがあるんだ」
改まった口調でムンカは言う。
「ヒロムを知ってるよね。一緒にいた子だけど」
「ああ、知ってるよ。小さい時からずっと見てた」
「小さいときって?」
「母親に連れて来られて初めてブランコに乗ったときからかな」
ムンカとビッカはお互い顔を見合わせる。
「それって監視しているのか」
ビッカが問い詰めるよう言う。
「まさか。ブランコから落ちては大変だから見守っているだけだ」
そんな言い分にはムンカもビッカも納得しない。
「落ちる?ヒロムの友だちはブランコじゃないのか」
ビッカが言う。
「どうしてヒロムに付きまとっているの」
ムンカが尋ねる。
「人聞きが悪い、それは」
右手をワイパーのように振って答える。
「それに意地悪しているよね」
「何が意地悪なのさ」
「ブランコの整備なんかちゃんとしてないじゃないか」
「町の公園からブランコが消えているって、ヒロムが話してくれたぞ」
ムンカとビッカは代わる代わる咎めるように言う。
左手を小刻みに素早く振る。
「人聞きが悪い、それは。整備を任されている身だよ、こちらは。不具合のあるものを見逃すわけにはいかない」
「じゃこれはどう」
ムンカは焼け残りのブランコを指さす。影男はあわてて右手を振る。
「なんだかひどい誤解だそれは」
 影男は焼け残りのブランコを触りながら言う。
「これをボクがやったというのか」
ビッカとムンカはそろって首を縦にふる。
影男は右手を次に左手をワイパーのように振り、言った。
「これはヒロムがやったんだ」

続く

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