さよならレヴィ=ストロース
第一章 「喪われた指環」編 第1話
成田空港に降り立ってみると冬の寒さが身に染みた。久しぶりに日本へ帰ってきたが日本は寒い。オーストラリアに滞在していた1ヶ月はTシャツで過ごすのが普通だった。ヒロアキは空港で待っていた妻のヨシミと息子のタケルに英語で挨拶した。
ーlong time no see, (久しぶり)How have you been?(元気だった?)
妻のヨシミはそれに無言で頷くと愛犬を抱擁するようにヒロアキをきつく抱きしめた。
ーおいおいやめてくれよ。今生の別れって訳でもないんだしさ
照れながらヒロアキがそう言うと息子のタケルが
ー「こんじょーのわかれ」ってなに?
と質問してきた。それにどう答えればいいか迷っているとロビーからアナウンスが聞こえてきた。
ー只今、機内にご乗車されていたお客様のなかに、指輪を紛失された方はございませんでしょうか?お心当たりのある方はロビー受付までご申し出ください
どうやら指輪を機内に忘れていった人がいるようだった。ヒロアキは結婚指輪をしていたがそれはちゃんと左手の薬指に嵌められていた。ロビーのテレビモニターからはアラブで起きた爆破テロの現場が映し出されていた。それは悲惨な映像だったがヒロアキにはそれはどこか遠くの国で起きた遠い物語としてしか映らなかった。
ーねぇパパ、今日は焼肉なんだよね?
タケルにそう言われそういえばそんな約束をしたなと思い出した。
ーそうだな。今日は久しぶりに日本に帰ってきたことだし叙々苑でも行くか
ー予約もしてないのに大丈夫かしら
ヨシミが苦笑しながら言った。ロビーに植えられたプラタナスの葉が緑色に煌めいていた。
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