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さよならレヴィ=ストロース

 第1章「喪われた指環」第三話

 工場で働いている田町菊蔵は今朝も仕事でミスをした。自分では取るに足らない小さなミスだと思っていたが工場長からは罵声が飛んだ。菊蔵は内心「クソが」と思いながらも工場長に何度も謝った。工場の機械油の匂いが染み付いた作業着のまま昼休みに近くの弁当屋に行った。弁当屋の店員は菊蔵を見るなり
ーはあ、菊やん、また怒られたね
 と笑いながら言った。菊蔵は
ーなんでわかった
 とぶすっとした表情をしながら訊いた。店員は天ぷらを揚げながら
ー顔を見ればわかるよ。いつもやつでいい?
 と言ったのでぶすっとした表情を崩さずにいつものやつでいいと答えた。
 近くの公園で弁当を食べながら菊蔵は砂場で遊んでいる子どもたちを見ながら俺も小さいころは可愛かったんだがな、とひとりごちた。鮭は冷めていたが旨かった。付け合せのひじきをたべながら砂場で遊んでいる子どもたちを眺めていたらいつの間にか眠くなってきたので公園のベンチで寝ることにした。ベンチに横たわると眠気はすぐにやってきた。菊蔵は日光を少し煩く感じながらもすぐに眠りの王国へと堕ちていった。夢の中で菊蔵は自分の全身を蟻が這いずり廻っているという悪夢をみた。目が冷めるとすでに夕方になっていた。菊蔵は全身に脂汗をかきながらも慌てて工場へと戻った。叱られるのを覚悟で工場へ行ったのだが工場長は菊蔵を見ても何も言わなかった。それどころか工場長は菊蔵に
ー今日は遅いからもう帰れ
 といって菊蔵に3000円を渡した。菊蔵は不審に思いながらも
ーありがとうございます
 と礼を言って工場を後にした。帰りの電車のなかで菊蔵は吊り革に捕まりながらなんで今日は会社をさぼったのに工場長に怒られなかったのか考えてみたがさっぱりわけがわからなかった。車内の育毛剤の広告を見ながら自分の禿げている頭を掻き毟りたくなる衝動に駆られたが我慢した。

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