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蟻塚・朱色の手

 


蟻塚

朱色の手


蟻塚

渋谷駅のホームで人を待っているKは腕時計を見た。秒針は47分を差している。茜色に染まった駅のホームは血のように真っ赤だ。Kはなかなか人が来ないことに苛ついていた。地面を蟻が這っている。その蟻の群れを見つめていた時蟻がこちらを見たような気がした。Kは驚いて地面を凝視したがその時にはもう蟻は消えていた。地面にはただコンクリートで覆われた道路があるだけだった。秒針が15分を差した時やっと人がやってきた。人はKに待ち合わせ時間に遅れたことをしきりに謝っていたがKの心境はそれどころではなかった。Kと人が歩いている時老人が犬を散歩させていた。犬はKの姿を認めると馬鹿にしたような表情をした。もちろんそれはただ目の錯覚に過ぎないことはKにもわかっているがKはふと全世界の生命から監視されているような気持ちを抱いて怖ろしくなった。Kと人はコンビニに入った。コンビニの店員が「いらっしゃいませ」とKに挨拶をしてくる。それがKにはたまらなく怖い。コンビニの店員の眼のなかにICチップでも入っていて自分をコントロールしようとしている気がした。Kは煙草を購入し人が品物を選んでいるのも気にせずそそくさと店を出た。喫煙所で煙草を吸いながら夕焼けを眺める。血のような赤に染まった夕暮れは自分の胎内で蠢いている心臓のようにKには感じられた。

朱色の手

 銀行で金をおろしている時ATMが「こちらの暗証番号には誤りがあります」という警告文を表示した。茜はそんなはずはないと思いながら再び暗証番号を入力した。四桁の暗証番号を入力したあとで再び「こちらの暗証番号には誤りがあります」という警告文を表示した。茜は焦った。暗証番号の入力を3回間違えると入金システムが停止する仕組みになっていた。茜は一度冷静になろうと携帯で夫に連絡した。「もしもし、私だけど。なんか銀行でお金をおろそうと思ってるんだけど暗証番号が違うっていうの。あってるはずなんだけど」夫はわかった、すぐ行くといって電話を切った。茜は電話を切ってから表示されている暗証番号を確認したが間違いない。いままで何度も入力した暗証番号だ。ATMのほうが故障しているのかな、と思いながら何気なく周囲を見た。茜はすぐに異変を察した。人がいない。いつもならこの時間帯は人であふれているはずなのに。そういえば、と茜は思いだした。今日ここにくるまでの間人とすれ違っていない。ここは県内でも割と都会で道路に人がいないことなどありえない。茜は怖くなり銀行から出ようとした。ドアが開かない。このドアは人が立つと自動で開く仕組みになっている。銀行のシステムが故障したのだろうか。茜はパニックを起こし再び夫に電話しようとした。繋がらない。「この電話番号は現在使われておりません」その時茜は何かの感触を感じた。手だ。何者かの手によって茜の腕は掴まれていた。茜は悲鳴を上げた。気を失って倒れるとき茜は日本人形の顔がこちらに向かって微笑みかけているような気がした。



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