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犬をやめる

 オレは犬をやめることにした。
もうとっくに犬じゃないけどね。
 オレは毛深い。
犬の中でも毛もじゃ体質だ。
なのにおばさんはオレに服を着せる。
あっついよ。
しかもピチピチの、センス悪いやつ。
 散歩の時、おばさんはオレをベビーカーに乗せる。
オレは歩きたいから飛び降りる。
「あらーダメよ。汚れちゃうからね」
それでもオレは歩きたいし、匂い嗅ぎもしたい。
「ダメダメ。ババッちいでしょ」
すぐに抱き上げられベビーカーに戻される。
そしてオレはまた、おばさんの隙をついて飛び降り、捕まらないように早足で歩く。
リードが絡んでベビーカーが傾き、倒れる。
 向こうから犬がやって来た。
「あーダメダメ。危ない。乗りましょうね」
おばさんは向こうに聞こえないよう小声で、だが力のこもった強い口調で、「犬に噛まれたら大変!」とオレの耳もとで言う。
やめてくれよ。オレの耳はあんたのより、よく聞こえるんだから。
それにオレも犬だよ。
「よう!お前も大変だな。まあオレもだけどさ」
すれ違いざまに向こうから来た犬が言う。
すかさず犬の飼い主が「コラ、ダメ!」とリードを引いた。
やれやれ、という顔でオレを見てアイツは通り過ぎて行った。
アイツも大変だ。
こんなんだからオレの散歩の友達は、目線が一緒のベビーカーの赤ん坊になる。
無邪気にオレに手を差し出して、何か話しかけて来る。
すぐにママに止められるけどな。
 脚と鼻と耳と。
オレが犬であるために大事なものをオレは無くしそうだ。
おばさん、優しくしてくれて嬉しいよ。
だけどオレはあんたの愛がちょっと重たい。

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