北京五輪フィギュアスケート個人戦 男子シングル感想

お疲れ様です。
いい試合を見させてもらいました。今大会は日本選手はもちろん、他国や上位でない選手もそれぞれPBやそれに近い演技をすることが多く、総じて選手がそれぞれに頑張ってきたことを(程度の差はあるものの)ある程度実らせることができた大会だったのではないかと思います。

Nathan Chen選手

おめでとうございます!!!!!平昌の悔しい5位以降、2021年スケートアメリカを除くすべての試合で1位。高難度の四回転を自在に操り、高いスケーティングスキル・スピンステップを確実にこなす強さをもって最強の名をほしいままにし、優勝候補大本命で臨んだ二回目の五輪。優勝候補本命が本命のまま圧倒的に勝ち切るというとびきり難しいことをやってのけました。
正直に言えば、特にFPはすごく慎重に入っていて、少なくとも4Lz降りるまではいつものネイサンではなかったけれど、そのことが彼がどれだけこの五輪にかけていたのかを実感させてくれました。曲も自分の魅力がよりわかりやすく伝わる『ラ・ボエーム』『ロケットマン』に戻したし、感染対策にはほかの選手の数十倍気を遣っている印象でした。それだけ、五輪で自分の持てる力をすべて発揮するという、4年前にできなかったことを成し遂げようとする強い意志を感じました。
彼が4年越しの思いを実現できたのは、技術面の進化(不安定だった3Aをモノにする、GOEプラス評価が多くつくジャンプを跳ぶ、もともと比較的高かったスケーティングスキルを磨いてコレオシークエンスやPCSの点を上げる)に加え、ものすごく頭が良く、かつ自分を客観視する能力があることも要因だと思います。トップ選手をやりながらイエール大に合格し、通っている(現在は休学中)という文武両道の最先端みたいな選手ですが、彼のインタビューはいつも気づきが多いです。人間はどうしても人と比較する生き物ですし、ましてやスポーツをやっていて、試合のたびに順位がつけられるとどうしてもほかの選手のできや点数が気になってしまいそうなものですが、ネイサンは常に「自分のやるべきことに集中する」「変えられるのは自分と未来だけ」と言っています。字面だけだとその通りなのですが、実際意識して自分に言い聞かせないと不安になってしまう場面は、一般人でも心当たりがあると思います。(因みに、五輪前に優勝大本命扱いの選手が五輪で優勝を逃すのは、五輪シーズンに急成長した若手に対し心理的な焦りが生じたために自分の演技ができなくなるパターンが多いです(トリノのスルツカヤ、ソチのPチャン))そこをしっかりコントロールしきるしなやかな強さを学びたいです。
ネイサンはスポーツにおいてもメンタルコントロールを重視し、専門家にもアドバイスをいただいているとどこかで聞きましたが、こうした頭脳プレーもできるのが彼の強さの所以でしょう。2017世界選手権もうまくいかず6位だったりと平昌前までは大舞台にそこまで強くない選手だったので、もともと鋼のメンタルだったというよりは、知識と頭の良さで後天的に補ったタイプだと思います。
今後はどうするつもりなのでしょうか。当人も明言はしていませんが、個人的には頭の良さもピカイチなネイサンをスケート界のみに留め置くのは勿体ない気がします。私にとって、真央ちゃんは『理想のスケーター』の具現化であり、ネイサンは『なりたかった自分』の具現化です。彼は運動勉強以外にもピアノバレエ体操などをさらっとハイレベルにこなしてしまう器用さ(ピアノはショパンの幻想即興曲を弾く、バレエは主役、体操は全国大会出場)の持ち主なので、ここはぜひスケート以外の世界、特に勉強面で、もともと望んでいた医学の分野の研究なり臨床なりでハイレベルな成果を残してほしいです。

鍵山優真選手

初出場銀メダル!!立派です。おめでとうございます!なによりこの大舞台で、持てるものをほぼ出し切れたのがすごい。団体FP,個人のSPはほぼ完璧でしたし、個人FPもやや硬さを残しつつも大きなミスを出さず演じ切りました。ふわっと舞い上がってきっちり回りきって余裕をもって降りるジャンプ、卓越したスケーティングスキルが魅力です。これらができるのは基礎力がしっかりしているからで、長く活躍できる素地を備えています。彼ほどジャンプの回転が余っていると5回転もあながち夢じゃないと思わせられます。そして大舞台で実力を出せるメンタル。北京以降の男子シングルは彼が中心になって創られるのだろうと感じさせる演技でした。TVだと若手のホープ扱いですが、昨年の世界選手権に続き羽生宇野両選手を上回る成績を残しており、もう立派な日本を代表するエースの一人だと思います。今後はより高みを目指していくのでしょうが、アメリカのイリア・マリニン選手、日本の佐藤駿選手や三浦佳央選手など、同世代でバンバン四回転を跳ぶライバルたちと一緒にぜひ、この競技をさらにレベルアップさせてほしいです。

宇野昌磨選手

銅メダルおめでとうございます!「五輪は特別じゃない」「今大会を通じて成長したい」「失敗していいから攻める」と、彼の美学は五輪でも変わらず、必ずしもメダル狙いで滑っているわけではなかったと思いますが、それでも二大会連続メダルが取れるのは地力が高い証拠です。攻めたからこそ成功したジャンプがあり、それが結果に結びついたのだと思います。周りに対していつも率直で、その時の自分の素直な感情を表現してくれる選手です。自分をよい風に見せようとしない姿勢がすごいなといつも思います。
今後は今の構成(以上)を演じていくといっていましたが、ネイサンだけでなく、今大会7位のグラスル選手やコロナ陽性で直前にWDになったジョウ選手なども今大会の昌磨さん並みの構成を組んでいる(グラスルはほぼクリーンに成功させました)し、今回出られなくても高難度ジャンプを跳べる若手(上述のマリニン・佐藤・三浦選手など)もいるので今後は昌磨やネイサンの構成は彼らだからではなく、トップ選手のスタンダードになるかもしれません。だからこそ、目の前の勝負にこだわることなく常に攻めて上を目指す姿勢は、彼をずっとトップ選手にさせ続けると思います。

羽生結弦選手

お疲れ様でした。若さと勢いと戦略性で取った一回目の五輪、けがとも戦いながら、でも自分に自信をもって五輪という舞台で勝ち切る圧倒的強さを見せつけた二回目の五輪とは別の感情があると思います。正直、羽生さんは今大会出ることをずっと迷っていて、なんなら全日本までは少しばかり後ろ向きだったような気もします。そりゃそうですよね、過去2回連続金メダルを取っている大会で今回負けたら「金メダル取れなかった」と言われるんですから。でも4Aを決めるという目標をもって、もう一度五輪という舞台に立ってくれました。私は、羽生さんの良さの一つは「絶対に勝ってやる」という気持ちで多少の不調や技術の狂い、けがを抑え込むことができる点だと思っていますが、今大会はあまりその気迫を感じませんでした。たぶん、勝つことより4Aを決めることで、フィギュアスケートの歴史に名を刻むことを目的としていたからでしょう。点数的に4Aがハイリスクローリターンなことくらいわかっているでしょうし。それでも、4Aと4S以外はプラス評価の出来だったのは、羽生さんがまだ勝負師としての負けず嫌いさを失っていないことを表しているようでした。
スポーツは進化するものなので、4Aもいつかだれかが試合で決めると思います。人間の進歩はすごいので、もしかしたら今の3Aみたいに、みんなが跳ぶジャンプになるかもしれません。だけど、みんながやるようになる前には誰かが必ずその高難度な技を、ハイリスクローリターンだったとしても試合で使い、それを使って勝ちにいくという過程があります。回転不足による減点が非常に厳しく、下手したら転倒より大きな減点になっていたバンクーバー五輪あたりのシーズン、男子はジュベールやプルシェンコが四回転を、女子は真央ちゃんが3Aを跳び続け、その結果今では四回転や3Aは勝つために必要な技になってきています。羽生さんが北京で4Aを跳んだのを、どこかで誰かが見ていて、いつか五輪で降りるかもしれない。羽生さんの性格だと、「それ俺がやりたかったんだよ!」とおっしゃるかもしれませんが、自分のいる世界で自分のやれることをやり切り、あとは後進に託していく、こうやってスポーツは進化しているのだと思います。羽生さんの挑戦は、望む形で実らなかったかもしれないけれど、スポーツの進化の、だれかの夢へのきっかけにはなったんじゃないかな、と思います。
私的に今後どうするかが一番わからないのですが、二度の五輪チャンピオンとして、常人にはわからないプレッシャーもすごく抱えていたと思います。すでに実績はこれ以上ないくらい残しているので、本当に今後は彼自身の思うままに生きるといいんじゃないかなと思います。ファンは勝手に見守っていますので。

総括

本当にレベルが上がったなと。第1Gから四回転の成功がみられるようになるとは。採点法も攻略されてきていて、スピンステップのレベル4は当たり前になりましたね。ここにあげていない選手もそれぞれ平昌からの4年間の山あり谷ありの人生が凝縮されていて印象的でした。冒頭でも述べましたが、比較的いい演技をする選手が多く、笑顔やほっとした表情を見ることが多かったように思います。そして、代表に選ばれながらコロナ陽性で演技できなかったコリヤダ選手とジョウ選手、どれほど悔しかったか想像することしかできませんが、あなたたちならきっと、もっと強くなって戻ってきてくれると思っています。またフィギュアスケート男子シングルを盛り上げてください。選手の皆様、「フィギュアスケートって、いいな」という真央ちゃんのセリフを思い起こさせてくれるような試合をありがとうございました!

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