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寝る前のメモ。


今日で2020年も折り返し地点。毎年7、8月は記憶が薄いのだけれど、今年はいつもよりも夏をちゃんと感じられる予感がしている。これを予感だけで終わらせないために、いつかぶるかわからないような(地元ではかぶらない気がする)麦わら帽子を買ってしまった。合わせて買ったバケットハットは、もう少し早めに出番があると思う。


時々、自分の買い物を不思議に思うことがある。

基本的に本に対する支出は惜しまないので、読みたい本があれば大体購入しているし、Amazonの「あとで買う」のリストにも何冊か次回候補を残している。それは、学び → 仕事に直結するものが多いので、必要な支出だと胸を張って言える。

地元の作家さん・職人さんがつくられている作品やプロダクトも、暮らしの一部に取り入れるイメージができて購入しているものが多い。そして、その作品やプロダクトたちは、わたしの日々を豊かにしてくれる。これも、必要な支出だと胸を張って言える。


問題は、アクセサリーとマニキュアなのである。

数は年々増えていくのだけれど、ほとんど使用していない。アクセサリーについては、かわいい!と思って購入しているものの、わたし自身にアクセサリーをつける習慣がほとんどない。それに加えて、かわいいものを所持するという行為そのものに満足しているような気がしている。

それは、マニキュアも同様で、色を塗りたい!というよりも(稀に使う時もある)、なんだろうな、うまく言えないけれど、それらを所持することで、辛うじて「女子」であることを保とうとしているような気さえする(笑)。

笑ごとではないのかもしれないけれど、深層心理はそうなのかしら・・と思いながら自分自身の買い物を振り返るのでした。

あとは、ガジェットやキット系。360°カメラもVRも、最初の一回を楽しんだら割と満足してしまう。シルクスクリーンの機材もそう。押し入れには、レジンを使ったミニチュアアート用のキットがずっと入ったままになっている。

購入するときの自分はきっと、それを使っている時の楽しさを想像しているはずなんだけど、所持することや一回の体験で何か満たされてしまうような感覚があって。もったいないから「あとで」「いつか」使うかもしれないなと思いつつ、その「あとで」も「いつか」も当分はやってこない。


自分にとって必要なものってなんだろうか、本当に買いたいものってどういうものなんだろうか・・という、ちょっと迷ったようなことも考えています。これからEC販売をはじめるから、余計にそう思うのかもしれない。

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