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全日本死神協会 (Ver.1.0)

男「あ〜 腹減ったけど金もないし、なんかもう色々邪魔くさくなってきたなぁ。ちょうどエエ具合に、この橋から飛び降りたら死ねそうやな。よし、死のう。よっこいせと」
*「すみません。ちょっと待ってもらって宜しいですか?」
男「……いや、今ちょっと取り込み中なんで」
*「いやいや、まさにその件でお話があります。実は私こういうものでして(名刺を渡す)」
男「はぁ。え〜っと、『全日本死神協会 一級死神 鎌田 刈男』 何やねんコレ? しょうもない冗談に付き合う気分ちゃうねんけど」
鎌田「いや、冗談やなくて、ほんまもんの死神なんです」
男「あのなぁ、ちょっと客観的に考えてみたらどやねん? 初対面の、スーツ姿で七三分けの男に『わたし死神です』て名刺渡されて『はい、そうですか』となるか? 『昭和から来た営業マン』とでも言われた方がまだ信じるわ」
鎌田「いやぁ、そう言われましても、私ら普段からこんな格好ですんで。あ、最近はクールビズでネクタイしてない死神もいてますけど」
男「知らんがな、そんなもん。そんなことより自分が死神や言うんなら、なんか証拠でもあるんか?」
鎌田「証拠ですか……。あ、鎌出せますよ。デカい死神の鎌」
男「ホンマか? ほな出してみぃ」
鎌田「見てください。手には何もないでしょ。(突然鎌が現れる)ほら、でっかくなっちゃった! なんつって」
男「なんつって、やないで。お前、自分が死神なん証明したいんやろ? 今みたいなんやったら寄席の手品師でもやってるわ。なんか他にないんか?」
鎌田「他ですか……。他はちょっとないですねぇ。強いてあげるなら浮けるくらいのもんで」
男「うけるて何や?宙に浮くってことか?」
鎌田「ええ、まぁ。普通に浮きますよ。死神なんで」
男「それやがな! そういうの見せんと。浮いて見せてみぃな」
鎌田「実はさっきから浮いてます」
男「足ついてるがな」
鎌田「キャラが浮いてます」
男「どついたろか。あ〜、もぉ付き合ってられん。死のう(飛び降りる)」
鎌田「うわわわわ! 死んだらダメですって」
男「手ェはなせや! ……というか、何で手ぇ掴めてんねん? お、お前…浮かんでるやないか!」
鎌田「だから浮けるて言うたやないですか。あぁ、でも体重2人分は重い。一旦下まで降りますから」

*小拍子*

男「今のでお前が死神なんは信じたるわ。せやけど、せっかく俺が死のう思ってたのに、何で死神が止めるんや? 死神は人間をあの世に連れてくんと違うんか?」
鎌田「それですよ。まさに今日はその話で来たんです。確かに、おっしゃる通りで、死神の本来の仕事は人間をあの世に連れていくことなんですが、いま、あの世の方も結構ゴタゴタしてるんです。と言うのも、現世では少子高齢社会や何や言うてますけど、あの世はその高齢の方がお越しになる事が多いですからね。人口爆発でパンパンなんです。死ぬ人が増えては困るわけで、今あの世では自殺防止キャンペーン実施してるとこなんです」
男「なんやそれ? 死神が自殺止めるんか? わけわからんな」
鎌田「ですからね。アナタに死んでもらっては困るんですよ。私にもノルマがありますから。アナタの寿命はあと50年はある。今死んでもらっては困ります」
男「せやけど、俺はもうこの世に絶望してるんや。もう生きていく気力ないねん。お前の話聞いてたら余計ゲンナリしてきた。あとはそっちで良いようにやってくれ。飛び降りたかて止められるから、この川で溺れて死ぬわ」

鎌田「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。だから死んでもらったら困るんですって!大体、なんでそんなに死にたいんですか?」
男「そらぁ色々あるけど、とにかく金がなさすぎてメシも食われへんねん。もう3日も食べてないんや。お前知ってるか? 空腹はツラいでぇ〜。これ以上空腹に耐えるくらいやったら、おれはもう死んで楽になりたいねん」
鎌田「ほんなら、ご飯食べられたら死なないんですか?」
男「まぁ、空腹でなくなんねやったら、別に死なんでもエエかな」
鎌田「ほな、何か食べに行きましょ」
男「おれは金ないで。奢ってくれるんか?」
鎌田「お、奢りますよ。それくらい。その代わりお腹膨れたら死ぬのはやめてくださいよ」
男「そら食べるもんによるわなぁ。最後に食べたんはカビの生えたパンやったからな。死ぬのやめるんやったら、それなりのもん。生きてて良かったぁ〜となるようなもん食べさしてもらわんと」
鎌田「じゃあ牛丼はどうです?メガのやつ」
男「牛肉キライやねん」
鎌田「えぇ〜…。ほ、ほなウナギはどうです?」
男「ウナギか! エエなぁ。もちろん特上やろな?」
鎌田「い、いいですよ! 特上! どんとこい!」

*小拍子*

鎌田「どうですかウナギ。美味しかったでしょ?」
男「美味かったなぁ。お前死神のくせしてエエとこ知ってるやん」
鎌田「これでもう死なないですね」
男「何言うてんねん。いま美味いウナギは食うたけど、明日からはまた食われへんねん。なんせ俺には仕事がないからな。せやから、これが最後の晩餐や。エエ気分のうちに死ぬわ」
鎌田「だからそれは困るんですって! じゃあ、仕事見つかったら死ななくていいんですよね?」
男「まぁそうなるわな」
鎌田「じゃあ仕事紹介しますから」
男「そら助かるけど、俺は仕事選ぶで。あんまりシンドイのは嫌やし、前の仕事は人間関係が原因でクビになったから、あんま他人と関わる仕事も嫌や」
鎌田「えぇ〜、ちょっとは妥協できませんか?」
男「無理して嫌な仕事やるくらいやったら死ぬ」
鎌田「わ、わかりましたよ! そこそこ楽で、人付き合いのない仕事ですね。ちょっと待ってください。(電話をかける)…もしもし、鎌田です。いつもお世話になっております。あ、そうなんです。ひとり。人間なんですけど。元は会社員らしいんで大丈夫かと。あ、いいですか。ありがとうございますぅ〜。……見つかりました」
男「ホンマか! すごいなお前。どんな仕事や?」
鎌田「わたしら死神がしてるネクタイの品質チェックです」
男「品質ぅ? なんかめんどくさそうやな。通勤もイヤやし」
鎌田「いや、通勤いらないです。あの世の仕事なんで、寝てる間に夢の中でネクタイが出てくるんで、破れとかほつれがないかチェックして、『いいよ〜』『あかんよ〜』って言うだけです」
男「そんだけ? すごいやん。ほんで給料は?」
鎌田「日当1万円」
男「お前! ……いや、鎌ちゃん! 最高やん」
鎌田「気に入ってもらえましたか?」
男「気に入った! これでオレも生きていけそうや」

*小拍子*

鎌田「おはようございます」
男「お! 鎌ちゃん。どうした?」
鎌田「昨夜は初仕事でしょ? どうやったかと思って」
男「おお、仕事なぁ……。最高やで!」
鎌田「そうですか」
男「鎌ちゃんの言うとおり、寝てたら夢にネクタイが出てくるから、ええで〜ええで〜言うてだだけ。目ぇ覚めたらポケットに一万円札が入ってたわ」
鎌田「いやぁ、それは良かった。ほな、もう死ななくて大丈夫ですね」
男「甘いな。そら甘いで、鎌ちゃん」
鎌田「甘いですか?」
男「大甘や。見てみ? オレどこで寝てた?」
鎌田「公園のベンチ」
男「そうや。オレ住む家もないねん。野宿は辛いでぇ〜。夏暑くて冬寒いんや。たまに冷え込む日なんか、そのまま凍死するかもしれん」
鎌田「いやいや。だから、死んでもらったら困るんですって! じゃあ、住むとこあったら死なないですね?」
男「まぁそうなるな」
鎌田「わかりました。ちょっと待っててください。(電話する)……もしもし、鎌田です。はい、どうもご無沙汰で。ところで、ちょっと相談なんですけど、私の部屋を……ええ、手続きはちゃんとやりますので、はい、はい、ありがとうございます。よろしくお願いしますぅ〜。…手配しました」
男「ホンマか! すごいな鎌ちゃん! どんなとこ?」
鎌田「わたしら死神が現世で使う用のアパートなんですけど、管理人ってことにしとくので、住んでもらって大丈夫です」
男「死神用? 廃墟とかじゃないやろうな?」
鎌田「新築のワンルームです」
男「鎌ちゃん… 最高やん」
鎌田「あぁ良かった。ほなこれで死ななくて大丈夫ですね」
男「せやなぁ。と、言いたいとこやけどなぁ……」
鎌田「ま、まだ何かあるんですか?」

さてこの男、何かと『死ぬ』と言いながら、それを盾に死神に要望を叶えさせて、なんやかんやで快適な暮らしを手に入れるのでありました。ある日のこと。

*小拍子*

死神「こんにちは…」
男「鎌ちゃ〜ん。今日は遅かったがな。あれ? 何やアンタ? どちらさん?」
死神「今日は鎌田と違います。私、こう言うもんです(名刺を渡す)」
男「え〜っと、『全日本死神協会 地域統括マネージャー 上田 守』。あぁ、鎌ちゃんの上司の方」
上田「まぁそうなります」
男「そうですか。いつも鎌ちゃんには世話になってます。…ところで、今日は鎌ちゃんは?」
上田「鎌田は過労で倒れました」
男「過労?なんでまた」
上田「アンタさんのために休みなく仕事しまくってたんですわ」
男「え? 俺のため?」
上田「この部屋、死神が住む用ですけど、ここにアンタさん住ますために方々で申請やら交渉やら必要やったんです」
男「そうやったんですか」
上田「それから仕事。アンタさん何でもOKにしてるから不良品が出まくりで、その後始末も鎌田がやってましたんや」
男「そ、そうやったんですか」
上田「それで寝るまもなく働き詰めで、ついには倒れてしまったという事です」
男「そらぁ何と言うか、気の毒な事で」
上田「他人事みたいに言うてもぉては困ります。正直なところ、死神が倒れるなんて事は前代未聞でしてね。見過ごすわけにもいかんので、今日はウチの若いモン引き連れてやってきた、というわけですわ。死神50人、オモテ囲んでますから、どこにも逃げられまへんで」
男「な、なんや? 鎌ちゃんが倒れたんは俺のせいや言うんか? 違うがな! みんな鎌ちゃんが自分で言い出した事やないか!」
上田「それはそうかもしれん。しかしなぁ、アンタ、途中からもう死ぬ気なくなってたやろ?」
男「そ、それは…」
上田「そらアンタ、死ぬ死ぬ詐欺やないですか。それで部下が潰れてんのや。上司として、ほっとくわけにもいかんでしょ?」
男「な、何やねん!俺をどうする気や!」
上田「自殺防止キャンペーンなんてやってますけど、死神本来の仕事は、人間をあの世に連れてく事なんでねぇ…」
男「な、なんや! こっちが死ぬ気やったん止めといて、今になって殺す言うんか!」
上田「殺す? そんな単純な話と違いまっせ。なんせ、死神を倒してしまうほどの男が相手や。今日は全日本死神協会の総力を上げて、アンタさんを…

スカウトしに来たんや」

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