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イニエスタからの宝物 Footballがライフワーク Vol.30

Puedo tener tu firma?「サインもらえますか」を何と言えばよいのやら、グーグル翻訳で調べてみた。2019年の天皇杯の4回戦、平日の仕事帰りに足を伸ばした神戸ユニバー記念競技場での川崎戦。わが座席の少し後方へ駆け寄っていく観客の方へ目をやると、当日はベンチ外だったスペインのレジェンドが並んで座っていた。右にダビド・ビジャ、そして左にはアンドレス・イニエスタ。こんなチャンスは、もう二度と無いに違いない。言葉が冒頭のとおりだったかどうかはさっぱり記憶に無いが、生涯で初めてスペイン語を発した日の緊張と感激はいまもはっきりと覚えている。

2019年、ヴィッセル神戸にはワールドカップの優勝経験者が3人も在籍していた。2017年途中、ドイツ代表歴代3位の得点を稼いできたルーカス・ポドルスキの加入が第一弾となり、スペイン代表歴代1位の得点記録を誇るビジャが第三弾。豪華さでいえば90年代の磐田に同時在籍したジェラルド・ファネンブルグ、サルバトーレ・スキラッチ、ドゥンガをも凌ぐJリーグ史上最強のトリオが完成した。3季連続のビッグネーム獲得のなかでも特大のインパクトが2018年の第二弾、イニエスタだ。2008年のユーロから2010年ワールドカップを挟みメジャータイトル3連覇、2012年のユーロではMVPも獲得したスペイン黄金時代の象徴。クラブシーンでも、バルセロナで4度ものビッグイヤーを掲げたティキタカの中心軸。世界最高峰で積み重ねたタイトルが32個に上るのだから、「1個につき1億」と考えれば30億円超の破格年俸も頷けるのだった。2018年5月の入団イベントは午前中の開催でも大賑わいで、背番号8が横倒しの∞になったスタンドの光景は、いまもこのマガジンのカバー写真になっている。

ビジャは神戸を最後に引退し、時を同じくしてポドルスキも退団。VIPの共演は1年限りの夢に終わったが、天皇杯で川崎戦のあと大分と清水も下した神戸は、2020年元旦の決勝に進出。生まれ変わった国立競技場のこけら落としとなった舞台で、神戸は鹿島を破って初優勝を成し遂げる。ポドルスキはハンドオフを交えた強引な突破で先制のオウンゴールを誘発し、終盤には現役ラストマッチのビジャも投入。同年に東京五輪が開催されるはずだった新たなスタジアムは、最初の勝者として神戸を選んだ。奇しくもクラブ創設から四半世紀の年、スペインとバルセロナに数多の栄冠をもたらしたイニエスタは、神戸にも念願の初タイトルを捧げてくれた。

あの感動の瞬間から、3年半あまり。同じ国立競技場に、4季ぶりの優勝を果たしたシーズン終了直後のバルセロナがやって来た。なぜ平日なのか、神戸で開催できなかったのか、公式戦の日程を動かす必要があったのか。いろいろと疑問は尽きなくとも、滞在24時間の強行軍で、関連イベントにも参加せず、イニエスタを送り出すためだけに世界を代表するビッグクラブが来日した。それほどの選手が、5年以上もの間、わが街で活躍してくれたのだ。現地に赴くことができなかった私もこの試合のためだけにスカパーへ再加入したが、おかげで盟友シャビ監督に労われ、雨に打たれ涙ながらにサポーターへ深々と頭を下げる姿を拝むことができた。

振り向けば、ビジャとイニエスタ。以後、そんな夢のような機会は二度と訪れなかった。恐る恐る話しかけたところ笑顔で応じてくれたビジャは、隣のイニエスタが斜に構えているのを察して、私と向き合うよう諭してくれた。きっと、観戦中に片言のスペイン語で話しかけられたことにご機嫌を損ねたのだろう。イニエスタには、ごめんなさい。そんな非礼な日本人にも大人の対応で「アシスト」を送ってくれたビジャには、どうもありがとう。ちょうど手元に携えていたサッカーダイジェストの二人の写真の横に書いてもらったサインは、一生の宝物になった。

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