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30周年の結び 第3のリベロ Vol.36

先月の初め、ルヴァン杯決勝を現地観戦して以来、チャゲアスの歌が頭を離れない。待ちに待ったクラブ初タイトルを祝して福岡のサポーターが届けたその歌は、秀逸な選曲だと思う。地元が生んだビッグアーティストの曲のなかでは、より有名な「YAH YAH YAH」のメロディが適しているだろうが、「殴りにいこうか〜♪」では試合前の昂ぶる雰囲気になる。試合後に勝ち鬨をあげる場面では、歌詞のアダルトな部分はラララに置き換え、その直後だけ唄う「LOVE SONG」が絶妙にマッチしていた。この「第3のリベロ」に課したマイルールを破るのは、これで2度目。毎月3回目に投稿することにちなんで"第3"と銘打ったものの、そんな形式にこだわるよりも"リベロ"の名の通り自由でありたい。30年前の5月15日、国立競技場から放たれた眩い光に吸い寄せられた10歳の小学生が、40歳の中年になった現在までのめり込んできた。産声を上げた地に再び訪れた今年、シーズンの幕が降りたところで、30周年のJリーグのことを書くことにしよう。

初めてのバイト代でチケットを買った20年前は、まだユニフォームが白と黒の縦縞の時代。盛り上がりに乏しいまま千葉に最少失点で敗れたゲームの内容は憶えていないが、その年の暮れに亡くなった父が数年ぶりの観戦を「良かったな」とメールに打ってくれたのは憶えている。就職して足繁くスタジアムに通うようになった10年前は、J2に降格していた。順当に勝ち点を積み重ね1年で復帰してくれたものの、旧国立競技場で観たFC東京対浦和の熱戦や天皇杯で完敗したセレッソを通して、J1の格の違いを見せつけられたことのほうが印象深い。そんなヴィッセル神戸が、ついにJ1のリーグ戦で優勝に王手をかけた。「多かれ少なかれ運に左右されるカップ戦より、常に高い質を保たなければならないリーグ戦で優勝するほうが重要」20年前、相手のベンチにいたイビチャ・オシムの言葉を思い出す。

先月最後の土曜日は、いつにも増して情緒が安定しなかった。気持ちの高揚が過ぎたのか、平日並みに早く目が覚めて時間を持て余し、ひとり近所のスーパーへ買い物に行く異例の行動に及んだ。前夜の横浜Fマリノスのドローでいよいよ優位に立ってもまだ、積年の苦い記憶と持ち前の弱気が相まって、悲願の達成を信じ切れずにいた。放送の冒頭、カメラが捉えたのは優勝杯。縁遠かった栄光が神戸のために運ばれてきたのかと思うと、銀のシャーレが早くも滲んで見えた。

井出遥也の鮮やかなボレーに続いて、武藤嘉紀のワンタッチシュート。ともに大迫勇也のアシストから前半の短時間で2点を先取したものの、3点目は遠かった。佐々木大樹がキーパーとの一対一を逸した直後、前回対戦でも決められた名古屋のキャスパー・ユンカーにゴールを許して1点差。山川哲史のゴールライン上のクリアで辛くも同点を免れて折り返すが、後半も2度の決定機を逃し、前田直輝のクロスバー直撃を浴びた。最後に味わった苦しみには、被災や経営難など波乱に満ちたクラブの歩みが凝縮されたようだった。どうにか逃げ切った瞬間、復帰が間に合った山口蛍は仰向けで涙した。笛が鳴る前から込み上げていた武藤を含め、ワールドカップも欧州トップリーグも知る男たちが感傷的になる姿に、Jリーグを制する価値と重みを再確認した。神戸が初優勝を成し遂げ、歴代11番目のリーグ王者が誕生。ようやく、30年がかりでリーグ制覇を経験したクラブの"イレブン"が結成された。

Jリーグへの熱量もずっと一定だったわけではなく、時期により、記憶には濃淡があり、関心には浮き沈みがあった。7シーズンに渡って鹿島と磐田の2強が年間優勝を分け合った中学から浪人時代は、関心が日本代表や海外へ傾いていた。それでも、最初に応援したクラブのことは忘れがたい。武田修宏がモデルのDANGANなるスニーカーを履いていたことなどいまやお笑い草だろうが、未熟な10歳が惹かれたのは華やかなスター集団、当時は川崎を本拠地としたヴェルディだった。新しいリーグ王者が誕生した翌週、来季のJ1に復帰したのは、その最初の王者だ。神戸が頂点に立ったリーグに、16年ぶりにヴェルディが帰って来るとは。私の悲願と原点が融合したような展開に、胸が熱くなった。

ときどきYouTubeで検索するのは懐かしのCM集で、わが高校時代にアクエリアスのCMに起用されていたのは「15年前の今日、僕はサッカーをやっていた。5年前の今日、僕はサッカーをやっていた。そして今日、僕はサッカーをやっている」と語った天才。あれから22年後の今日までサッカーをやってきた小野伸二が、ラストマッチに臨んだ。11年ぶりの先発出場、20分あまりのプレータイムでも、左足インサイドに軽く当てたワンタッチパスで魅了してくれた。

一昨日の仕事帰りは、神戸港・メリケンパークまで足を伸ばした。いつもは白い光を放つ海洋博物館が、改修を終えた隣のポートタワー同様、期間限定で赤くライトアップされている様子を目に焼き付けておきたかった。寒風のもと、自撮りするカップルたちには思い出の1ページになるだろうか。仮に知らない人がいても、「ヴィッセルの優勝祝いやで」と誰かに教えてもらえるはずだ。話題となり記憶となることで、わがクラブが市民の暮らしにますます浸透していく。それが嬉しくて、誇らしい。

悲願が成就し、原点を思い出し、最大の衝撃を受けたプレイヤーは引退。節目のシーズン、実にさまざまな出来事が起こった。Jリーグが紡ぎ出してきたドラマにはこれまで幾度となく感動させてもらったが、これからはどんなシナリオが待っているのだろうか。神戸の黄金時代が続くのもいいが、王者のメンバーがどんどん増えたっていい。いつか、第二の小野伸二も登場させて欲しい。30年間、空虚な実生活も四苦八苦の仕事も、Jリーグを愉しむひとときが忘れさせ、癒やしてくれたからこそ、どうにか乗り切れた。君が想うよりも、僕は君が好き。また、「LOVE SONG」を口ずさみたくなる。


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