見出し画像

ギリシア神話から見る『閃光のハサウェイ』① <使命抱く英雄、臥床へ誘う女神>

「新しいガンダム」と「過去なるもの」

激しい音楽が鳴り響くダンスフロア。高揚が楽曲と共に最高潮に達すると同時にモビルスーツが落下していき街々へ空爆を始める。

『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』は時系列では『逆襲のシャア』の後に位置しており、現実の世界でも既に30年も経過している。当然時代の移り変わりにより描画の仕方も変化していく。上のようなクラブハウス音楽を使った劇的な場面転換の演出も、MX4Dによるモビルスーツ戦闘を再現した座席は「新しいガンダム映画の訪れ」と、逆シャアを生で観てすらない98年生まれの学生でさえ大迫力の市街地戦闘に魅入られながら、そう感じずにはいられなかった。

とはいい、文芸作品において無垢と呼べるほど全く新しいものは存在しがたい。ここでは視覚・音響効果やモビルスーツの機構といった細かい考察はせず、別の観点からこの作品をみていきたい。

崩れ落ちるコンクリートから市民が逃げ惑う最中、ハサウェイはマフティーの仲間の誘導を無視してギギを見放すことができず、ついに行動を共にしてしまう。彼女がかつて目の前で命を落としたクェスと重なり同情したか、それともエロスに突き動かされたか。そしてしまいにはマフティーが所有するMSメッサーが敵の手にかかる目前で何もできずただギギを抱きしめる他なかった。この「一人の使命を持った男が美しい女に引き止められる」という情景に、私はこのシーンにある人物を思い浮かべずにはいられなかった。その人物こそ、古代ギリシアの英雄オデュッセウスである。

英雄オデュッセウスと女神キルケー

少しこの英雄について説明したい。『オデュッセイアー』という古代ギリシア文学の長編叙事詩において主人公として登場する。オデュッセウスはあの有名な「トロイの木馬」の計略で敵城を攻め落とし、長く続いた戦争が終わりを迎え、愛する家族が待つ祖国イタケーへいざ帰国、と思われたがオリュンポス十二神の一柱ポセイドンを父にもつ一つ眼巨人ポリュペモスの眼を潰したことにより怒れる海神の呪いを受けてしまい、艱難辛苦が待ち受ける20年に渡る帰郷の旅が始まってしまう。

その帰路の途中、オデュッセウスら一行は何度も得体の知れない怪物に襲われ、太陽神ヘリオスの娘キルケーが住まうアイアイエー島に命からがら辿り着く。オデュッセウスと別行動をしていた部下たちはキルケーの館に招かれ手厚い歓待を受けるが、魔法の秘薬で豚に変えられてしまう。駆けつけたオデュッセウスはヘルメス神の助言を受け、キルケーを剣でもって降参させる。キルケーは自分と同衾することを持ちかけるが、オデュッセウスは一行の安全を誓うように要求する。取引は成立し、英雄は女神の寝台に心ゆくまで酔い痴れるのである。部下も豚から元の姿に戻り、一行は再び素晴らしい飲食でもてなしを受ける。結局、オデュッセウスは一年もの間キルケーのもとで極上の歓待を受け、女神と毎晩枕を共に仲睦まじく暮らしてしまう。故国に帰るという使命があるのにかかわらず。

とはいいこのモチーフは同じギリシア文学・神話圏でも多々あり、引き留めようとする女性の表象は古今東西にありふれたものだ。だが、『閃光のハサウェイ』にギリシア神話的な要素はすでに散りばめられていた。ハサウェイが搭乗する機体クスィーガンダムのライバル機の名は「ペーネローペー」と呼ばれ、これはオデュッセウス愛する妻の名であり、この機体は内部に「オデュッセウスガンダム」を抱いている。さらにケネスはギギを自分の部隊にとっての勝利の女神として位置づけ(ただし『オデュッセイアー』ではあくまで助言を施す魔女的存在でありアテナ女神のように文明的な戦争行為を援助するような神ではない)、「キルケー部隊」と名付けた。しかもハサウェイが登場する機体クスィーガンダムのライバル機の名は「ペーネローペー」。これはオデュッセウス愛する妻の名を冠し、この機体は「オデュッセウスガンダム」を抱えている。

火花を盛大に吹き上げ討ち取られんとする同胞を前にハサウェイは女神の暖かさを腕に留めようとする。ここに判断を鈍らす女神は見事にその役目を果たし、ハサウェイはアイアイエー島でギギのもとで一年、安楽と耽溺の中で暮らすわけである。

オデュッセウス≒ハサウェイ?

古代の英雄像がハサウェイに重なることがわかったし、ギリシア古典作品と似ているプロットも明らかになったことだし、それでは富野御大の高い教養と豊かな含蓄を讃え、次回作のヒットを祈念し終わりにしよう。

いやそういう訳にもいかない。それだけでは面白味に欠けるし、そもそも古典というのは普遍的な性質をもつため(だからこそ読み継がれる)、他の文芸作品に似通った部分が幾らかあるのは自然なことだ。

本当にハサウェイがオデュッセウスに並び立つ人物なのか。『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』はただのテロリストと地球連邦の争乱の物語のなのか。それを次回のnoteで再び『オデュッセイアー』を用いて解き明かしていきたい。


 

この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?