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自信がなくてもいい。ただ「わたしたちは」と言える人でありたい。

しばらく会っていない人がふっと頭に思い浮かぶときがある。
そんなとき、わたしはためらわず連絡する。

今回はフランスに住んでいる友だちだ。
中学校の同級生で、いちばん仲が良かった。
わたしはクラスのヒエラルキーが苦手だったから、ピラミッドのどこにも属さずに飄々としている彼女とはとても気が合った。

それからも彼女の生き方はかっこよかった。
大学でヨーロッパに留学して、一度日本で就職したけれど、気づいたらフランスに飛び立っていた。
現地で結婚して、もうずっとフランスに住んでいる。
そして、今もなお、かっこいい。

明けまして、アンテナが過敏なわたし

何を書くかまったく決めずにPCに向かったわたし。
タイトルは「明けまして」
気づいたらこんなことを書いていた。

このごろ
もっと自分をだいじにしたら?とか
謙虚に生きなさいとか
自信を持ちなさいとか
今まで擦り切れるほど言われてきて
もはや気にも留めないようになってきたことを
なんだかよく言われる。
そしてそれらが妙に引っかかる。
そんな時期である。

彼女にはここまでしか書かなかったけれど
実は妙に引っかかる理由にはうすうす自分で気づいている。

1月24日または25日。
夫の会社では転勤の辞令が下るXデーである。
夫が転勤になる可能性はじゅうぶんにある。

もし今回、引っ越しをともなう転勤になったとしても、わたしはこの地に残ると9割心を決めている。
決して夫婦仲は悪くない。むしろ一緒に暮らしたい。
でも今、ここで、がんばりたい仕事がわたしにはある。
だから転勤は「今じゃない」。

しかし夫とはまだなにも話し合えていない。
わたしが事前にいろいろ話し合っておきたいタイプであるのに対して、夫は「そのときになってみないと分からない」というタイプだからだ。
そういう人と事前に話し合おうというのは、なかなか難しいことである。

だがしかし夫が首を縦に振らないことは想定済みである。
正直、怖い。
夫にNOと言われることも別々に生活することも。
そしてまわりから「あなたのためを思った」いろいろを言われることも。

ここまで想定しているからこそ、人に言われるひと言ひと言が引っかかる。

自分を大切にしなさいと言われたら
「夫に反対されても自分の人生だしな」と思う。

謙虚に生きなさいと言われたら
「夫がいるから今の自分があるしな」と思う。

自信を持ちなさいと言われたら
「1度きりの人生、やりたいことやっていいよね」と思う。

アンテナが過敏になっているから
いろんなことばが引っかかる。
正直、夜もまともに眠れやしない。

謙虚じゃなくていいなんて

彼女からの返信はさすがだった。
わたしがなにかに焦ってると、しっかり見抜いたものだった。
わたしは仕事をがんばってるとか、夫のこととか、ひと言も書いていないのに。
だからこそ、刺さった。
とても勇気づけられた。

ニュース見てると毎日いろんな理由で人が死ぬじゃない。
それでも社会に出て、もがいて、インプットとアウトプットを続けることができるえいみは、私からしたら充分強いし、すごいし、偉いよ。
犯罪もせず、事故にも遭わず、大きな病気もしない。
これってすごいんだから、謙虚である必要なんてないよ。

涙がぼろぼろ出た。
結果も出てないのに、もがいてるだけでもすごいと。
「休みなく働いてすごいね」と言われることはあるけど、それは不安だから。
不安に負けじと動いてしかいられないわたしは、すごく弱い人間だ。
前向きなこと言っててもくよくよ悩むし、人に迷惑かけるところもいっぱいあるし、すごくも、えらくもない。
いつも誰かに「申し訳ない」という気持ちがある。
とくに夫には。

彼女は「自信を持て」じゃなく
「謙虚じゃなくていい」と言った。
自信がなくてもいい。
でも謙虚でなくてもいいと。

「わたしたちは」と言える人になりたい

彼女はメールでこうも書いた。
いろいろあるけど「私たちは現状も幸せ」

彼女は彼女の生活をパートナーと2人でていねいにつむいでいるんだなって、そのひと言だけでひしひしと伝わってきた。
わたしなら「わたしは幸せ」と書いただろう。
でも彼女が主語に選んだのは「わたしたち」だったからだ。
すてきですばらしいと思った。

わたしがこれからしようとしている選択は「わたしたち」にとって幸せな選択と言えるだろうか。

先週、ある仕事の現場を離れる決断をした。
現場にいる誰も幸せじゃないと思ったからだ。
しかし理解してもらうのは難しかった。
今も猛抗議を受けている最中だ。
やっぱり「わたしたち」が幸せになるのはちょっと難しいと思う。

夫と離れて暮らすかもしれない選択は、わたしたち夫婦にとって幸せといえるんだろうか。
じゅうぶんな蓄えがあるわけじゃない。
あるのは覚悟だけ。
どうにも無理だったら実家に頭を下げることまで考えている。
人は「ばかじゃないの?」「だんなさんがかわいそう」と思うだろう。
事実わたしもそう思う。
そんなことは頭では分かっている。
しかしSLAM DUNKでいうところの
「オヤジの栄光時代はいつだよ…オレは今なんだよ」
という、もはや漫画の世界を現実に生きるぐらいには言い出したらきかない性格なのだ。
前にも書いたけれど「嫌なことを避ける」わたしの人生において「やりたいことをやる」は相当な決心である。

わたしがやりたいことを貫きとおして、果たして幸せなのは誰だろう。
やりたいことをやれば、わたしは幸せかもしれない。
でも夫は幸せじゃないかもしれない。
だったらわたしも手放しで幸せとはいえない。
じゃあ諦めれば?
いやそれも難しい。
わがままなのだ。
どうしようもない。

だけれども夫とは「わたしたちが」幸せであれる最適解を見つけたい。人生をかけてそれは諦めたくない。

コロちゃんとロッシーが落ち着いたら、ゆっくり会おう

心のこもったメール、ありがとう。
すごく励まされました。
おさわがせのコロちゃんとロッシーが落ち着いたら、フランス行くね。
セーヌ川のほとりで夕陽を見ながらおいしいビール飲もう。
わたしたち、楽しく生きよう。

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