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わき出る感情は、手にとって、ときほぐして、置いていく。

2022年4月。
友人に誘われてはじめて競馬を観に行った。
サラブレッドたちのサラッサラのたてがみ、ムダの一切ない引き締まった馬体、やさしい顔つきのなかにもキラリと闘志が光るまなこ。
…なんて美しいんだろう。ため息が出た。

全馬がゲートにおさまると場内は静まり、まるでロケット発射の直前のごとく一気に緊張感が立ち込める。
張りつめた空気は「ドドドッ」と地鳴りのような足音とともに一瞬にして熱気へと変わる。第4コーナーまでじりじりと熱が高まり、最後の直線に差し掛かるとまさに「爆走」である。砂ぼこりを巻き上げ、湯気さえわきたつような迫力満点のドラマを見せてくれる。

…その日からわたしは競馬が好きになった。
とはいえ賭けるのは重賞レースだけのライト層。まだまだ初心者の域を出ないのにおこがましいかもしれないが、競馬は愉しく、ときに無情で、本当に奥深いのである。

よろこびと、かなしみのレース

引用:netkeiba.com

2023年5月28日。G1レース・日本ダービー。
わたしは3連複が当たって、100円の馬券が5,000円に増えたと喜んでいた。(正直どの馬が勝ってくれてもよいのだけれど、そこはやっぱり競馬の醍醐味も味わいたくて、少しだけ賭けることにしている)。

リアルタイムでテレビ中継を観るのはもちろん、結果がわかったうえでレースを観るのもまた楽しい。
仕事の休憩時間に、レースをふたたび動画で楽しもうとブラウザを立ち上げた。すると、ショックな見出しが目に飛び込んできた。

スキルヴィング急性心不全でゴール入線後死す

スキルヴィングは2番人気、注目と期待をを集めていた馬だ。
…うそでしょ?
わたしもたまたま馬券に絡めていたけれど、どうだっていい。できればうそであってほしい。
でもなあ…あんな細い脚で500kgもの体重を支え、それだけじゃなく重りとジョッキーを乗せて全力で走るんだもの。命の危険と隣合わせに決まっている。

…そんなことはわかっている。
わかっていても、ショックなものはショックだ

「5,000円に増えた」と喜んだことに罪悪感を感じたし、手放しで喜べないどころか、わたしの心はかなしみ一色に染まった。

ふたつの感情は、同時に共存できない

予想外のニュースに落ち込まずにいられないのだが、まだ仕事の途中だ。切り替えねば。
「短かったかもしれないけれど、彼は彼の生涯をまっとうしたんだ」とか、なんとか自分を納得させようとあれこれしていると、いつか誰かに言われたひと言を思い出した。

人は同時に複数の感情を味わうことができない

たしかに5,000円当てた喜びと、スキルヴィングのかなしみは同じ舞台に立てない。片一方が現れればもう片方はいなくなる。喜びながらかなしむことは、できない。

「複雑な心境ですね」とかいうけど、姿を見せているのはつねに誰かひとりだ。入れ替わり立ち替わりだから、複雑になる。

たとえば友だちと「同じ学校に行こうね!」と言っていたのに、自分は合格、相手は不合格だったときなんかがわかりやすいだろう。

合格して嬉しい。
でも自分だけ合格した罪悪感がある。
同じ学校に行けなくて残念な気持ちもある。
気まずさだってある。
だけど憧れの学校生活にわくわくしているのも否めない。

いろんな感情がわいてくるけれど、喜ぶと同時に残念な気持ちにはなれない。気まずさとわくわくは「せーの!」で現れない。
嬉しい!楽しみ!いやでも、一緒に行けなくて残念だな。自分だけ申し訳ないな。
ひとつずつ、順ぐり順ぐりやってくるの
ところが体感としてはぜんぶ一緒にやってきてるから、複雑になる。

感情を手にとり、ほぐして、置いていく

かなしみや怒りはあまり味わいたくないのだけれど、意思に反してわいてくるから仕方がない。
一方で喜びや楽しみはおおいに味わいたい。でも味わいつくしたらそっと置いていきたい。

どうしてハッピーな感情も置いていくの?と思うかもしれない。
そのとき味わったのとまったく同じ喜びや楽しみって、二度と再現できない気がするからだ。

今日の飲み会が楽しかったからといって、同じメンバー・同じお店でまた集まったとしても、今日と同じ楽しさを得られるとは限らない。
仮に話題までまったく同じだったとしても、自分の状況が変わっていたら楽しいと感じられないかもしれない。
だから再現性がないと思う。
それどころか、期待しすぎて「思ったより楽しくなかったな、がっかり」とはなりたくない。

よろこびもかなしみも、一度きちんと手にとって、絡まらないようときほぐして、そっと置いていきたい。

嬉しいもかなしいも、どんな感情も
「よかったね」
「つらかったね」
「そりゃ驚いたね」などと、きちんとすくってあげる。

手にとったら
「嬉しいも、かなしいも、両方あっていいのよ」
「かなしいけど、多くの人を楽しませてくれたことに感謝だよね」
「大切な気づきをくれたことにも感謝だね」って、
ひとつひとつが絡まらないように、そして整理していけるように、小さくほぐしてあげる。

忘れていいことはそのまま置いていくし、
忘れちゃいけないことは書き留めて、そっとノートを閉じると同時に手にとった感情を手放して、平常心に戻る。

ジェットコースターはつかの間だから楽しい

これから先、大きく感情がふれる場面もあるだろう。
何日も、何ヵ月も、下手したら何年も、ほぐしきれない感情やさよならできない感情も出てくるかもしれない。

けれども感情の波がありすぎるとつかれるし、冷静な判断ができない。ジェットコースターはつかの間だから楽しめるんであって、ずっとは乗っていられない。

できるだけ早く地上に降りて穏やかな生活を送るためにも、一瞬一瞬、わき出る感情を手にとり、ほぐし、そっと置いていくことを心がけつづけたい。

引用:スキルヴィング (Skilfing) | 競走馬データ - netkeiba.com

スキルヴィング、ありがとう。
安らかに。

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