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心のオールを取り戻す
なにかに不満を感じるのは、
ものごとが自分の意に反する方向に進んでいるからだ。
なんでもかんでも自分の思い通りにはいかないけれども「まあいいか」と思える許容範囲を超えてくると不満を感じる。
自分を少々削って人に合わせているうちに
まるでスリに遭ったように
いつの間にか自分の手元からオールが消えている。
船はどんどんボロボロになりながら、波のゆくさきまかせに進んでいく。
転勤族の夫を持つわたしはなかば消去法的にフリーランスになったわけだが、夫に休みを合わせられるし、夫の帰宅時間に合わせて夕飯を準備できるし悪くない働き方だろうと考えていた。
ところがどっこいである。
夫が休みであろうが締切は素知らぬ顔でじわりじわりと距離を詰めてくるし、せっかく仕事が乗ってきたと思ったら夕飯の支度を始めなければならない。
「こっちは働いてるんだから、休みなら洗濯のひとつでもしてくれよ」
実際口に出したことはないが、毎週毎週のど元まで出かかるのをこらえた。
…フラストレーションでしかなかった。
交渉や相談なんておこがましくてできず、なんでもYESマンでいたらあっという間にエブリデイ締め切りとなってしまった。
徹夜は続くし、電流が走るような腰の痛みを味わった。
そのわりに時給換算したら、最低賃金を下回っていて絶望した。
「じぶんの時間」なんて取れないから、スキルも知識も上がっていかない。
それじゃあ報酬だって上がらない。
…虚無感しかなかった。
「こんなはずじゃない」を回避するにも
「こうだったらいいな」を実現するにも
自分で船をコントロールする必要がある。
それにはオールが不可欠だ。
たまたま回避できることも、たまたま実現できることもあるだろうけど、それは本当にたまたま風向きか波の向きがよかっただけである。
運も実力のうちだ。でも運だけでは再現性がない。
そんな波のゆくさきまかせの毎日を楽しめるならそれでいい。
そうじゃないなら、オールを取り戻さないと。
家族やパートナーに、クライアントに、上司に委ねていたオールを。
行きたい場所がもうわからない状態なら、
いったんちょっと休める最寄りの港でもいい。
「これから港目指すんで」って、委ねていたオールを取り戻して漕いでいく。
船もオールもだいじにだいじに修理しながら、航海を続けていくのだ。
最後に中島みゆきさんの『宙船』の一節を。
その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロで進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても
その船を漕いでゆけ お前の手で漕いでゆけ
お前が消えて喜ぶ者に お前のオールをまかせるな
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