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身内、それは毒か薬か。

私の母親(今年70才)は7人きょうだい。
そのため母方の身内は人数がとにかく多い。私にはいとこが10人くらいいる。
夫に説明するときは、家系図を書きながらじゃないと説明できない。しかしその家系図も間違わずに書ける自信は私にはない。
私が子供のころは、お盆に全員集合して墓参り的なこともしていた。
ゲームの「ぼくのなつやすみ」よろしく、子どもがうじゃうじゃ集まって虫を探したりキャッチボールをしたり花火をしたり海や川で遊んだりしていた。
が、今やいとこくらいまでを含めると日本全国あちこちに散らばっていて、
それぞれ家庭や仕事をもったりしていて、集まることも簡単ではない。コロナもある。

祖母には孫が10人いても、私の母には孫は2人。
そして出産を考えていない私は、孫はゼロ人だろう。
日本ではしっかりと少子高齢化が進んでいる。

昔はチャキチャキと元気で、よく笑いよく喋った叔父や叔母も、年とともに活発さが減って落ち着いてきた印象がある。
年をとってからも、皆昔のままちょうどいい距離感を推し量りながら付き合っていくのだろうと漠然と考えていたが、血のつながったきょうだいといえどもそこは別の人間同士。相容れない部分も増えてきたように思う。

祖父母が亡くなったことで引き継いだこと、墓などの管理。
それぞれの家庭や生活環境の変化。
若いころはホイホイとやっていたことができなくなった、億劫さが勝ってしたくなくなった。そんなことが増えてきたんだと思う。
旅行の楽しさよりも、旅行から帰ったあとの疲労感のほうがしんどい。みたいな感じで、徐々に少しずつ、変わってきたものがあるんだと思う。
各々が自分の立場や思いを訴え出し、たまに収拾がつかなくなることもある。
それもたぶんもともと持っていた「要素」で、年を重ねることによって色濃く出てきただけなんだろうな。

距離感はすごく大事だ。
あっという間に壊れてしまうこともある。
でも壊れてしまっても、仕方ないのかもしれない。
それもひとつの道なのかもしれない。

なぜか墓の前で身内の集合写真を撮ったこと。
すいかを切り分けて競って食べたこと。
おじさんが夢中になって見ていた甲子園中継のサイレンの音。
花火の煙にむせた、風のない暑い夜。

思い出だからこそ、確立している美しさがあるのかも。

そろそろ夏休みですね。

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