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編み物はオワコンではない

「好きを仕事にした私の仕事遍歴」の続きを綴っています。

編み物を仕事にしたい

ドリームクラッシャーという言葉があるそうです。人が夢を語ると、そんなの甘いとか無理だと諭す人の事だそうですが、ある程度社会というものがわかっている年齢の人が語る夢に対しては、遠慮があるのかあれこれ言えないようで、私は誰にも何も言われずに、どんどん編み物の方へと舵を切っていました。私たち夫婦は独立採算制で、お互い相手の年収すら知らないし、意見を求められないのに何か言うなんて、出過ぎた真似はしたことがないのですが、さすがに夫から「グラフィックはもうやめるの?」という、ストレートな問いがありました。彼はプロダクトデザイナーで、畑は違うもののデザイナー同士。私がグラフィックデザインの仕事にどれだけ誇りを持ち、真剣に取り組んできたかを一番身近にいて知っていたので、突然の変化に驚いたようです。

20年間続けてきた仕事でしたが、終わったことには納得感があり、そんなに落ち込むことはありませんでした。でも長い間の頑張りを、ひとつもねぎらってもらえなかったことは、やはりショックでした。急に重い話で恐縮ですが、バリバリと雑誌を作っていた頃、私の父は、保証人で背負った他人の借金を苦に自殺しました。よく働くいい父でした。当時私が父の死を前にして感じた、寂寞とした虚無感のようなものと、自分自身のそれとが重なり、誰かのためにデザインをすることが、段々と、理由もなく難しくなってしまいました。この初めて味わう感情に、この辺が潮時かなという思いは、日に日に強くなっていきます。

製図クラスでプロの世界を知る

雑誌の仕事と入れ替わるように、日々の中で編み物の比重は増えていきます。細々とやっていた教室には、インスタを見たと、来てくださる方が少しづつ増えていました。編みに来てくださる方のために、製図がやれたらいいなと思うようになり、有名なデザイナーさんが講師を務める人気講座に通い始めたのもこの頃です。私以外の生徒さんは、編み物の先生を本業とされているベテランの方ばかりで、私にとってはかなり場違いなクラスでしたが、最新号のファッション誌から題材を見つけて編み図を書くという内容がとても面白くて、毎月ワクワクしながら通っていました。

月に一度のその講座は私にとって、プロの世界を覗くことができる場所でもありました。私はそこで、専業の編み物講師や編み図ライター、ニッターなど、編み物だけで食べている人たちと出会います。彼女たちの話に私は興味津々で、ランチタイムには質問攻めにする事もよくありました。ちなみにこのクラスのおかげで、いま私の仕事を支えてくださっている方とのご縁もできました。数々のニットデザイナーさんのサポートや、編み物本の出版社と仕事をされているSさんと、ヴォーグ学園の講師科で講師を務め、たくさんの編み物講師を輩出されているS先生。私が「編み物を仕事にするのに、まだまだ勉強が足りないところがあって」と言った時、笑いながら「そんなのできる人にやらせたらいいのよ。あなたはデザインが得意なんだから、それに集中しないとダメ」と言ってくださったおふたりです。こうして、編み物を新しい仕事にするという妄想は、少しづつ自分の中で現実のものになっていきました。

そんな中、ある方からこんなアドバイスをいただきました。「編み物はこれから先細るだけ。毛糸を売って食べていくなんて無理よ。やめた方がいい」という内容でした。大手毛糸メーカーでバイヤーを長くやられていた、経験豊富な方からのアドバイス。

でも。でも、と思いました。否定されるとやる気が出るのは、私がM気質だからでしょうか。でも、この方の頭の中にある編み物の世界と、私のそれは多分違う。私の妄想ショップはとても素敵なお店なんです。名前もまだない自分の妄想ショップを、私はすっかり気に入っていました。それになにより、編み物は楽しくてクリエイティブで、人を夢中にさせる要素がたくさんある。編む人が少ないのだとしたら、それは楽しさがちゃんと伝わってないからだ。編み物の本は編める人にしか分からないように書いてあるから、私みたいな初心者は買うなって言われてるような気がするといった、生徒さんの言葉を思い出しました。ここにも私のグラフィックデザインの経験が活かせそうです。まだ何も試してないし何も始まっていないのに、そうなんですね、とは言えない。とりあえずはこの妄想ショップを現実のものにしよう。思いは強くなりました。

私の強みを活かしたい

グラフィックデザイナーの目から見る編み物業界は、まだまだ未開の地です。最近ではいいデザインの本やプロダクトがたくさん増えましたが、「いま」を感じないデザインはまだいくつも残っています。メーカー側の顧客イメージは、昭和の辺りで止まっているのではと思うことも多く、もはや「女性」を対象にすること自体が古いのかもしれません。メーカー数が圧倒的に少ないので、目数リングひとつ買うのにもデザインのバリエーションは数えるほど。これはひとえに編む人が少ないせいです。お客さんの数が増えていかなければ、豊かなデザインを生み出す余地はメーカー側にも生まれません。まずは編む人を増やさなくては、編み物はほんとにオワコンになってしまう。編み物ファンを増やそう。私のショップの目的は自然とこれに決まりました。

これまでアートディレクターとしてさまざまな商品開発をやってきた経験を活かしながらの商品づくりが始まりました。自分自身が長く編み物をしてきた編み物ファンなので、何が必要かは、自分に聞けば次々と出てきました。浮かぶアイデアに自分でワクワクして、久しぶりにデザインをする楽しさを味わいました。自分のショップのために自分がデザイナーとしてものづくりをするというスタンスなら、大好きなグラフィックデザインの仕事を、好きな気持ちのまま続けられる。愛してやまない毛糸に囲まれ、大好きな編み物を仕事にしよう。気持ちは固まり、具体的な準備が始まりました。(オープンまでもう少し続きます)


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