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紅麹とコレステロールの薬

この数日、患者さんからの問い合わせがものすごく増えて、ちょっとキレそうです(嘘)


患者「わたし、コレステロールの薬をもらってると思うんですけど、あれは紅麹とは関係ないんですか?毒性とかないんでしょうか?腎臓が悪くなったりはしないですか?」

薬剤師「いえ、紅麹とは関係ないお薬ですので問題ありません」


これは半分本当で、半分嘘である。

日本で、コレステロールの薬として流通しているのは、メバロチン(プラバスタチン)、リポバス(シンバスタチン)、ローコール(フルバスタチン)、リバロ(ピタバスタチン)、リピトール(アトルバスタチン)、クレストール(ロスバスタチン)くらいだろうと思うが、漏れがあったらゴメンナサイ。

名前をみてわかると思うが、スタチンスタチンスタチンである。
これらは皆、類似の構造を持ち、コレステロールの生成に関与するメバロン酸経路に働く薬だ。

実際、40年前までは、コレステロールは薬じゃ下げられないというのが医薬品業界の常識だったのだが、1987年にアメリカで発売されたメバコール(ロバスタチン)、バブル崩壊前夜の1989年に日本で発売されたメバロチン(プラバスタチン)は臨床的にも高い効果をあげ、その後はスタチンの快進撃が始まることとなった。
メバロチンの売上で三共製薬は日本橋(だったかなー)にでっかいビルを建て、『メバロチンビル』と揶揄されたほどだ。

実際には臨床試験は1970年代にはスタートしており、三共製薬がメバスタチンという成分で動物実験ではかなりの成績を出していたのだが、イヌでの実験で毒性が出て承認発売に至らなかったのだという。
その研究に注目していた米国メルク社が、メバスタチンより安全性の高いロバスタチンという成分で臨床試験を行い、1987年にメバコールという商品名で売り出したのが、世界初のスタチンということになるのだとか・・・。

三共製薬が最初に売り出したスタチンに「メバロチン」という名前をつけたのは、メバロン酸経路に作用するという意味もあったのだとは思うが、もしかすると発売に至らなかったメバスタチンへの思いもあったのかもしれない。

ところで、米国メルク社が売り出したロバスタチン。実は紅麹が作り出すモナコリンKと同一成分である。
(名前は似てるけど、日本で今一番売れているであろう「ロスバスタチン」とは別物)
だから、紅麹がコレステロールを下げると言われれば「そりゃそうだろうねー」とは思うのだけれど、このロバスタチンが原因で腎臓病を起こしたわけではない。

人間は自分たちの体のために発酵食品を摂るけれど、発酵と腐敗は現象としては同じものだ。人間にとって有益なものが出来れば『発酵』、人間にとって有害なものができれば『腐敗』だ。
カビや菌も、人間のために特定の成分を作っているわけではなく、自分たちの生命活動のために生じた成分がたまたま人間の役に立っているだけなのである。

紅麹もモナコリンKだけを作っているわけではないし、他の大きな動物と同じように世代交代をする間には突然変異で違う成分をつくちゃうような奴も出てくる。
まあ、もっとも菌などの世界では数がモノをいうので、そいつが少数派で数を増やすことが出来なければ滅んでしまうだろうけれど、数が増えてきて全体の性質を変えてしまうことさえある。
あるいは、たまたま出来てしまった物質の毒性が強ければ、少量であっても人間の身体を壊すのに十分である可能性もあるだろう。

紅麹の作る成分のうち、人間の腎に悪影響があると言われている成分はシトリニンという成分だが、紅麹にもいろいろ種類があり、小林製薬は日本で古来から使われている紅麹のM.pilosus株を全種しらべ、ベニコウジカビの中で唯一カビ毒シトリニンが生成不能だということをDNA解析で証明したものを健康食品として販売していたようだ。

小林製薬は今回の健康被害の原因はシトリニンではない未知の成分だと主張しているらしいけれど、シトリニンでなかったとしても、同種の菌が作るものであれば類似の成分である可能性は高いのではないかな?

ま、あまり言いたく無いんだけれど

コレステロールの薬として流通している薬の多くは、青カビさんや紅麹さんの生成物か、その一部を加工したものです。

なんてことを言うと、多分怖がって飲まなくなる人もいるんだろうな・・・。

しかし、それらは何年にも渡っての臨床試験で安全性を確認され、その後も再評価などで安全性や有効性を継続的に評価されているものなので、そこいらへんの健康食品よりはるかに安全性が高いものだ。
紅麹から作っていようと、必要な成分だけを抜き出して作っているので危険性が少ない。

健康食品を馬鹿にするつもりもないし、人間の身体は食べ物から作られたというのがわたしの持論ではあるけれど、人間の能力にも個人差があるのと同じで、彼ら紅麹も環境やら個体差で生み出せる有益成分の量にもばらつきがある。
先に書いた通り、突然変異したやつが悪さをすることもある。
だから、食品だから安全とか、天然物だから安心というのは幻想だと思ったほうが良い。

天然物から生まれた薬なんていっぱいある。
かつて魔法の弾丸と呼ばれたアスピリンだって、柳の樹皮の中にあるサリシンから出来たんだから。抗生物質のペニシリンだって青カビから生まれたのだ。

だけど、食品と薬は別物。
100歩譲って、ものすごーーーーーーーーーーーく遠い親戚みたいなもの。
そんなの他人だろ?というくらい遠い関係。
なので、もう、そんなくだらない問い合わせはやめてほしい。

あなたが飲んでいる薬は、医者があなたの体に必要と判断して処方したものだ。もし、それでもどうしても納得がいかないのなら、理論武装して医者を説得するべき。
あなたの説得に、医者の思う必要性を凌駕するほどの説得力があれば、医師は処方を止めてくれるだろう。

追記
ここまで読めば、分かる人はわかると思うが、紅麹そのもので健康被害があったとしても、ベニコウジ色素は日本が何百年も前から食品に使う色素として安全に使ったものである。
紅麹そのもので健康被害があったとしても、コレステロールの薬と同じく、そこから色素だけを抽出して作った紅麹色素で腎臓が壊れる可能性は限りなく低いので、安心して使って良いと思う。

サプリメントで健康被害が出たからって、古来から使っている紅麹色素を使ったカニカマを回収するだなんて訳が分からない。

ただ、スタチンの副作用で横紋筋融解症を起こしてしまった場合には、そのまま飲み続けることで心臓や腎臓にダメージを与え、最悪、死に至ることもある。原因不明の筋肉痛や、尿が赤褐色になった場合は、すぐに服用をやめて病院で検査を受けるべきだ。

え?勝手に中止していいのかって?
コレステロールなんて薬を始めてすぐに下がるものでもないし、やめたからって急に体状態が悪くなることもない。しかし、副作用が出たまま継続することで命を落とすことは、案外あるので、怪しいと思ったら中止一択なのだ。

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