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2021年、個人的百合漫画ベスト10

 もう2月になってしまったのになにが2021年ベストだ、と言われても甘んじて受け入れるしかありませんが、せっかく書いたので投稿してみます。

書いた人のプロフィール:百合ファン歴13年。聖書は『青い花』と『乙女ケーキ』、『終電にはかえします』。ここ数年の作品では『わたなれ』『きたかわ』『上伊那ぼたん』が好き。本性はきらら系ファン。ウマ娘をやりすぎたり寝込んだりしていたせいで年内に原稿が終わらなかった。

・2020/12/06〜2021/12/05(この原稿を書き始めた時点)に1巻または単巻が発売された漫画作品が対象。アンソロジーを除く。
・以下、ストーリーの仔細に触れるほどのネタバレはなし。
・以下、敬称略、順不同。
・タイトルはwebコミック(ない場合は出版社の作品ページ)へのリンクになっています。


踊り場にスカートが鳴る/うたたね游

 美少女然としているが社交ダンスのリーダー(“男役”)を希望する鳥羽見みちると、パートナー(“女役”)に憧れつつも長身ゆえに諦めていた春間きき。好対照な高校生ペアが、周囲の偏見や自身の弱さと戦いながら、卒業式での晴れ舞台を目指す。一方が現実と理想のギャップを抱え、もう一方が理想像や救済者めいた存在であるようなパターンならよく見るが、異なる個性を持つ2人が共通の課題を持ち、手を取り合って立ち向かうという構造が目を引いた作品である。
 加えて、コマ内の空間表現や表情によった言外に語る表現が秀逸。特にダンスシーンはほとんど台詞・モノローグともにないにも関わらず、踊る彼女らの心情がありありと伝わってくる。
 百合作品を鑑賞すると、時々「美」としか表現し得ないような感覚を抱くことがあるが、本作を読んでいるときにもまた、そういった「美しさ」を感じ取ることができるだろう。

 制服のデザインが好きです(特に、スカートの生地の切り替え)。


作りたい女と食べたい女/ゆざきさかおみ

 食事を通した社会人同士の交流をメインに据えながら、現代日本の女性やクィアを取り巻く諸問題をも描き出そうとする意欲作。“百合”ジャンルでは差別をはじめとする問題がしばしば取り上げられるが、界隈が先鋭化しつつある昨今、“百合”がこれまでスポットを当ててきたところを改めて捉えたことは、現代において価値がある。
 また、社会人百合といえば、だいたい異様に仕事ができるか、ポンコツか、もしくはクリエイターといった特殊なキャラクターをメインに据えることが多いが、本作ではそういった描写が見られず、おそらくは、”普通の”社会人女性を主役としており、目新しさも感じる。
 百合好きの方にも、そうでない方にも勧めたい一冊。

 なお、深夜に読むとお腹が空いてしまう可能性があることに留意してください。


雨夜の月/くずしろ

「雨夜の月」とは『あっても、目には見えないたとえ』(精選版 日本国語大辞典)のこと。本作では、聴覚障害者・奏音と同性愛者・咲希の関係を軸に、人の、あるいは人と人の間の、“雨夜の月”を描こうとしている。と思う。……1巻の内容は序章めいており、どこへたどり着くか杳として知れないため、断言できない。とはいえその序章ですら、小気味よい展開で心を掴んで離さない。連載を複数抱えている中でいずれも高いクオリティを保っているのは、さすがとしか言いようがない。2人の関係性の変遷やそれぞれの過去など、続きが楽しみである。
 なお、タイトルに使用された慣用句には、こういう意味もある。『想像だけで、実現しないことのたとえ。』(同)せめて最後には本物の月が見えてほしいもの。

 ところで作者は連載を何本お持ちなんでしょうか……。
 東のくずしろ、西のなもり……。


酒と鬼は二合まで/原作:羽柴美里 作画:zinbei

 本作の主人公たちは、かたやぼっち女子大生、かたやバリバリのギャルと、同じ大学生であるほかにはまったく接点がない。ところが数合わせに呼ばれた飲み会で2人は出会い、お互いの隠された一面を知ることになる。すなわち、ぼっちの方は無類のカクテル好きであって、居室はバーもかくやという状態であること。もう一方の正体はなんと鬼で、先祖の悪行ゆえに人から酒を与えられねば生きていけぬ呪いが掛けられているということ。
 呪いを解くために彼女らが行動を共にする中で、まったく異質な生活が、混ざり合いだしていく。それはステアーのごとくゆるやかに、あるいは、シェイクのごとく強引に……?
 カクテルをはじめ様々なモチーフによる仮託に優れた作品。読めば読むほど深みが出る。

 カクテルは百合ということが分かります。常識ですね。


猫とシュガーポット/雪子

『ふたりべや』でおなじみの作者の短編集。人外×人外に異常性癖、社会人…といっても夜職と、メインストリームからは外れた設定がまず目を引くが、魅力はその特異性だけではない。各々の哲学が垣間見えるモノローグや、キャラクターの生活を感じる背景・小道具の描写、含みのある台詞によって、人物像や関係性が彫り出されていく。『ふたりべや』に単にほんわかした雰囲気以外の独特ななにか、独特な人間描写、思想、そういったものを感じ取っている方にはぜひ読んでいただきたいと思う。
 同時に発売された同じ同人サークルメンバーの『あなたの夜が明けたら/はるかわ陽』『ガールズインザヘル/河合朗』と合わせておすすめしたい。

(……近年の界隈では、参入しやすいからなのか百合姫が連載中心になったからなのか、アンソロジーが毎月のようにどこかの出版社から発行されるようになった。作品数は増えてファンとしては喜ばしい限りだが、一方で各々の短編が単行本になることは減ったような気がしないでもない。雑誌と違ってテーマごとに掲載作家が変更されるから、単行本にできるほど作品が貯まらないのである。ふと誰々の過去作品を読み直したいと思っても、アンソロの山から探し出すだけで一苦労、同人誌の再版や再録はまったく作者のご厚意でなされるものであるから、一度本の在庫がなくなってしまえば、手に取ることすら能わなくなる。そんな状況下で、出版社の垣根を超えた作品集をリリースしてくれる事自体に、感謝したいと思う。余談でした。)


冬馬くん/天野しゅにんた

 “王子様”キャラクターはこれまでどのような扱いを受けてきたか。生徒会長はポンコツにされ、運動部の部長はおっぱい好きにされ、乙女趣味にもされ、皇帝はダジャレ好きにされてきた。もちろんどの人物もそのような個性であることになんら罪はない。しかしながら、メタ的な視点に立つと、ギャップを用いた表現一辺倒であったし、“王子様”であることを蔑ろにされているようでもあった。
 本作はその“王子様”を、“女子校の王子様”を王子様のまま描いた作品である。王子様たる冬馬くんは、恐ろしいほどスパダリで、触れあうと立ちどころに夢見心地にされて、そのうえかわいい顔をしていて、どこか抜けているようであるのに、掴みどころがないとも感じる。
 "みんなの彼氏”である冬馬くんの前では、普通の女の子も、大人の女の子も、かっこいい女の子も、彼女に恋をして、一様に可愛くなってしまう。……そういえば「恋する女の子は可愛い」のであった。百合漫画を読み出した頃の気持ちを、ふと思い出した。
 特異なテーマでありながら、原点に立ち返ったような気にもさせられる、不思議な一作。

 ガレットには、今後も末永く続いてほしいと思っています。極めて貴重な場です。


女同士とかありえないでしょと言い張る女の子を、百日間で徹底的に落とす百合のお話/原作:みかみてれん 漫画:かやこ

 同タイトルのラノベの漫画化。コミカライズには、原作の再解釈といった面があると考えているが、本作はその解釈の説得力がずば抜けている。例えば、私服デート時にスクールカースト最上位みたいな主人公が、孤高のクールビューティーたるお相手のファッションセンスの高さに脱帽するシーンがあり、原作を読んでいる時は「主人公が負けたというのだからよほどすごいのだろう」と認知していたが、本作で全身像を見せられた途端に「は? こんなん勝てねえよ、ムリムリ(※ムリだった!)」と唸ってしまった。その他、原作では到底イラストにできなかったあんなシーンやこんなシーンもすべて描かれて……大丈夫? この先、成人向けマークつけなくて大丈夫?(次に挙げる作品が大概なのでおそらく大丈夫)
「女同士とかありえないでしょと言い張る女の子を(1日1万円で買って)、百日間で(わりかし性的なアプローチを中心に)徹底的に落とす」とタイトルに注釈を加えたらとてつもない内容だが、激甘シーンあり、アツい展開もありで、小説は既刊4巻(※この原稿を書いているうちに5巻が出ました)に到達、人気はお墨付きのガールズコメディである。原作未読の方は漫画から入るというのも手。

 倫理はオレがおいてきた。
 凝り固まった陋習はほぐそうとしてきたが、ハッキリいってこの闘いにはついていけない…。


彩純ちゃんはレズ風俗に興味があります!/伊月クロ

 セックスを描いた百合漫画はごまんとある。セックスを中心に描いた百合漫画もまた、ある。もちろん、様々な作風の様々な作品が存在しているが、単行本に絞ると、わりあいシリアスであるとか、儚い印象の作品が多いように思う。本作もまたその系譜に連なるのか。答えは否である。一応は「幼い頃にファーストキスを奪っていってその後疎遠になった先輩に再会したい」というストーリーがあるものの、それに起因する重さはまるでなく、先輩が在籍するらしいレズ風俗で、主人公がただただ交歓を楽しむ、コメディタッチな作品である。いま「人探しを称してただただ交歓を…」と書きそうになってしまったが、本当に目的を忘れてるんじゃないかと不安になるほどである。
 また、本作は単に“軽い”のではなく、相当な”濃さ”もある。ベッドシーンを数ページでサッと流そうというのではなく、1話28ページの大半を割くような回もあり、濃密である。とはいえ成人漫画的な過度で大仰な表現は避けられており、百合ファンでもとっつきやすそうか。
 無論、“軽さ”を備えた作品は過去にもたくさんあったが、その軽さゆえに“百合“に踏み込めない側面があったように思う。ところが本作は“軽く”て、“濃い”。2021年に花開いた百合界隈の新たな潮流を示していると言えるだろう。

 ちなみにこんな表紙だが成年マークはついていない。書店にも普通に並んでいる。びっくりである。


瑠東さんには敵いません!/相崎うたう

 オタク女子高生・和村の前の席に座る瑠東さんは、才色兼備で明朗快活、人望も厚くまさしく完璧超人。どう考えたって和村とは縁遠いはずの彼女が、とつぜん授業中にツーショットを撮ってきたり、落としたシャーペンを返してくれなかったりとちょっかいを出してきた! そのうえ、「本当の自分を見せられる相手になってほしい」と切り出されて……瑠東さんの奔放な振る舞いに、そしてなにより時々垣間見える本心に、翻弄される日々が始まる。
 どの回もバチバチにエモかったり文美ちゃん(※小動物っぽい友人。瑠東さんガチ勢)が可愛すぎてしまったりといろいろ良い点はたくさんあるが、なんといっても出色は11話・12話。ただ「相合い傘して帰る」だけ、「風邪を引いたのでお見舞いに行く」だけなのに、繊細たる表現、作者の画力も相まって、あまりにもまばゆい。百合のオタク諸君。これが、きらら系だ。

 きらら系ファンなのでなんとしても本稿で言及しようと思っていました。せめて表紙だけでも見てほしい。そしてジャケ買いしてほしい。


今日もひとつ屋根の下/犬井あゆ

 作者とパートナーの同棲生活を描いたエッセイ。150ページ超のだいたいがノロケであり、とにかく「うちの彼女が素敵」という主張に満ちている。これだけ彼女の良いところを見つけて、何度も好きだ好きだと言えるのは、作者の感受性の高さゆえだろう……と真面目なことを書こうとしたが、その感受性によって描かれているのは結局ノロケなんであって、ふと冷静になると「私はなにを見せられているんだ……?」と思う瞬間がある。とにかく全部ハッピーである。あまり喜ばしくない出来事があっても、彼女のおかげで引っくり返るから、純度100%のハッピーである。これほどの甘さがある単行本は今後出ないのではないか。 
 ……いや、出る。それは、本エッセイの2巻に違いない。  

 阿佐ヶ谷姉妹といい本作といい、エッセイは「実際に起こったこと」という圧倒的な強度を持って我々の眼前に姿を表す。Vtuber百合と並び非常に危険な存在なので研究し対策するためにもっと出してほしいと思います。


 以上、2021年の個人的百合漫画ベスト10でした。
 わりとジャンルをバラけさせながら選んだつもりです。いつか、サブジャンル別ベスト5を選べるくらい百合漫画が出るようになるといいですね。


 ……ということで、ようやく年明けです。
 あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。

-おわり-


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