形成するもの

もう、あの疫病騒ぎ以降

段々横浜が横浜に戻ってきた感あるな。

散歩に出た中華街で中華学院の獅子舞、
爆竹🧨カンカンカンカン🧨
スタジアム周りの青い人達、
今から野毛ではサンバ練り歩きだ。
吉田町(関内)では、定期的にビアガーデンもやっている。
昔から、
横浜は、
週末となると、決まって、
どっかでなんかしらお祭り騒ぎ🥁
(それぞれの経営や、企画、商店街や市、区の方の揉め事や、苦しみもたまに耳にする。ご苦労様です🫥)

横浜に生まれ、育ち、今も住んでいる。
ずっと横浜にいると、
離れたくなるのだが、
嫌になる時もあるが、
爆竹の🧨音や、太鼓、笛、
潮風、祭りの気配を感じると血が騒ぐ🩸(悔しいがw)
やはり体内記憶に組み込まれてるよなぁと感じる。
実家も神輿保存会だし。
産まれてから、ワタシは毎年、
なんの疑いもないまま
赤ちゃんから、幼少から10代までずっと夏は、
祭りの姿の写真ばかり。
開港記念日にちょうど、地元の祭りがあり、
その二日間の前後2週間は、
家族も、近所の店をやってるおばさん、おじさん、消防団のおじさん、
普段何やってるかわからない不思議なおじさんや、おばちゃん、小さな町のみんなみーんな赤ちゃんから、お年寄りまで
朝から晩まで祭り一色だった。学校は、横浜開港記念日だから、休みだ。(横浜市民は)
年頃になり浴衣を同級生が着ていたのが羨ましかったな。たまに着てみても恥ずかしかった。
やっぱり法被(祭りの格好)の方がしっくりくる。
だから、裏腹に祭りの家計なのが、誇らしくもあった。
夕方から、神輿を担ぐオトナ達に混ざり掛け声を出す。
ワタシの掛け声は、
町の人達に、「あんたの掛け声が必要なんだよ!ほら、いきなさい!」「おまえ、なにやってんだい、早く神輿を追っかけて声出しておいで!」よく、言われたもんだわ。慌てて走る💨
いま、これを書いていてフェリーニのアマルコルドを思い出した。まさに、ああいう町の騒めきが、常にある夏。

なんだか
そんな時間を思い出した夕暮れ。
散歩に出かけた先、干されていた洗濯物が綺麗だった。

つづく

綺麗な洗濯物。

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