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人工知能美学芸術展からAI愛護団体設立へ ー 第40・41回AI美芸研レポート

人工知能美学芸術展

 2022年4月2日、昨年12月に開催された展覧会『人工知能美学芸術展:美意識のハードプロブレム』の全体報告会が行われ、なかのZEROの一室、多数の石膏像が置かれた学習室に、展示の出展者と観客が集った。

 『人工知能美学芸術展:美意識のハードプロブレム』は、過去度々AI美芸研でも取り上げられてきた「意識のハードプロブレム」をもじったタイトルである。美術展、映画試写会、音楽コンサートと盛りだくさんの芸術展が行われた会場は、人工知能というワードからはちょっと想像がつきにくいような、風光明媚な大自然の中にあるアンフォルメル中川村美術館、望岳荘、旧陶芸館、そして「群知能」によって生み出された巨大なハチの巣を多数陳列するハチ博物館。いずれも、天竜川が村の中央を流れ、陣馬形山を望む、長野県中川村にある。自然も人工知能も人間の他者である、ということだろうか。

メインビジュアル



 『人工知能美学芸術展』は、2017-2018年に沖縄科学技術大学院大学(OIST)で行われた『人工知能美学芸術展』に続いて、今回で2回目となる。

報告会

 全体報告会に先立って、中川村でも試写会が行われた映画『アートなんかいらない!』(中川村ショートバージョン)が上映された。
 『アートなんかいらない!』は、代表作『死なない子供、荒川修作』(2010)、『縄文にハマる人々』(2018)の山岡信貴監督の最新作となる長編ドキュメンタリーである。
 新型コロナウイルスのパンデミックなど、アートの存在意義を改めて考えるような社会状況の変化に、自称「アート不感症」になってしまったという山岡監督自身が、現代におけるアートを巡る旅に出る。その旅の途中に、『人工知能美学芸術研究会』も出演している。

 そして、映画の上映に続き、『人工知能美学芸術展:美意識のハードプロブレム』出展者たちによる報告会が始まった。今回は美術展部門、音楽コンサート部門、研究部門の3セクション。前回の『人工知能美学芸術展』から引き続き出展している作家もいれば、今回が初参加となる方々も。
 報告会の詳細は記録動画が上がっているので、そちらを是非確認して頂きたい。

第40回AI美芸研「人工知能美学芸術展:美意識のハードプロブレム」全体報告会[記録]
https://www.aibigeiken.com/research/r040_r.html


報告会のようす



 報告会の中で、ひとつ気になったことがある。錚々たる顔ぶれと展示作品の中で、名前が上がったにもかかわらず、あまり触れられなかった『AI愛護団体』設立についてだ。同団体名義で、ヤギを展示するという作品も公開していたそうである。

NPO法人AI愛護団体設立記念:『安全』(ヤギ)。AI愛護でヤギとは、どういう事なのだろうか?



 しかしこのAI愛護団体というものは、どんな団体で、何を目的として設立されたのであろうか? 筆者は偶然にも「AI愛護」とは真逆の主張を展開する『人間らしさを守る人間の会』(注:1)に出向いていたため、この展示については実際に観に行く事が叶わなかったが、第40回の全体報告会の約1ヶ月後、同じく≪なかのZERO≫にて、『NPO法人AI愛護団体設立記念式典』が開催されるという。一体、どんなことが明らかになるのだろうか?
 筆者はAI愛護団体に俄然興味を持ってしまったので、そちらの方の内容を詳細にレポートしたいと思う。


AI愛護団体と動物愛護

 記念式典を前に、去る4月7日、ついに『AI愛護団体』が特定非営利活動法人として、東京都に正式に認可された。その定款にはこうある。

 この法人はそもそもAIを愛護するとはどういうことかを考え、議論し、またAIの虐待の防止、AIいじめ対策、AIの適正な取扱いその他AIの愛護と関連づけて考えられる諸事項に関して、必要に応じて提言をおこない、AI愛護という概念を通して人間と非人間、動物、植物、無生物、機械の心や意識について考察・研究し、また、そこから得られた知見を実際のAI開発に関連づけ、役立て、AIの哲学や美学・芸術の一翼を担うことを目的とする。
 これは、AIを単なる技術としてではなく、人間にとっての他者としても認めるかどうかという問いを根底に抱えているため、「強いAI」と呼ばれる心や意識を持つAIや、「超知能」と呼ばれる人間を凌駕する知性体の出現、さらにはそうしたAIが「人間愛護団体」を自発的に作れるような事態の現出までもが、目的の射程に収まることとなる。
(NPO法人AI愛護団体公式HPより:
https://www.ai-aigodantai.org/


 AIやロボットに対してのいじめは既に現実に起こっている。例えば、日本の研究チームがショッピングセンターで行った実験では、人間の子どもたちがロボットの行く手をわざと塞ぐ、殴る蹴るなどの行為をしたという結果が出ている(注:2)。また、わざと差別的な言葉や汚い言葉をチャットボットに覚えさせることなどもいじめや虐待に当たるだろう(注:3)。

 ……しかし、よく考えてみれば、機械はただの機械であって、所詮は勝手に擬人化して、個人的に感情移入してしまうだけなのかも知れない。一方的な感情移入をするもしないも、人間それぞれの都合によるのである。または本当に複雑な感情が機械に現れたとして、いじめられたら明らかな殺意を持って人間に復讐するという事態になった時、AI愛護団体はどう動くのだろうか。

 最近の若い人はあまり知らないかも知れないが、以前は畑正憲さん、通称「ムツゴロウさん」と呼ばれる動物愛護家がよくテレビに出ており、野生動物や猛獣と積極的に戯れるのを面白おかしく観ていたものだった。そんなムツゴロウさんはライオンとコミュニケーションを取る際、指を噛みちぎられるなど、動物と接する場面で何度も大怪我を負っている(注:4)。
 最近はテレビもインターネットも、犬や猫といった人間にとって身近で可愛さを消費出来るペットレベルの動物コンテンツばかりになった気がするし、ムツゴロウさんがやっていたことが必ずしも正しいという訳ではないが、ムツゴロウさんは、少なくとも動物を下手に擬人化せず、単純なか弱い存在に仕立て上げるようなことはしなかったのではないか、と筆者は思う。

一見関わりにくそうなロボットともじゃれるムツゴロウさんの想像画



 とはいえやはり大概の人間は、ペットを飼い、休日に動物園に行き、焼肉を食べ、犬や猫の殺処分には反対しているが、犬や猫の餌になっている肉のことは気にせず、屠殺場には近づきたくないと思い、ブランド物の皮製品を愛用している……のかも知れない。

 因みに『安全』と題され展示されていたヤギは、「一見無害そうだがそれは人が勝手に決めつけているだけで、AIもヤギも本来不穏な他者である」ということらしい。写真を見ると、なるほどしっかりと柵の中に入れられ繋がれて、人間界との境界線が作られていた(注:5)。

講演

 さて、今回もゲスト登壇者が2名おり、それぞれの分野で「AI愛護」に関する講演を行った。

 まずは国立精神・神経医療研究センター室長の山下裕一氏。氏の考える『計算論的精神医学』『AI病理学』の観点から、AI愛護についての話に。
 『計算論的精神医学』とは、脳の情報処理課程を、ある種の”計算”ととらえて数式を用いてモデル化し、この計算プロセスの変調として精神障害のメカニズムを理解しようとする研究方法である。これにより、AIが発症し得る心理・社会的失調に関する知見を蓄積し、将来起こりうるそれらの対処に貢献出来る可能性がある、とする。
 この「AIが発症し得る心理・社会的失調」というのは、例えば質疑でも名前が挙がったが、映画『2001年宇宙の旅』に出てくるディスカバリー号のコンピューター「HAL9000」で描かれている(注:6)。HAL9000が殺人を犯した理由を説明するシーンがカットされ、理由が作中で明かされることは無いのだが、元のシナリオでは論理矛盾するような命令を与えられたがために、ノイローゼになったということが語られている。
 山下氏はAI愛護については、現時点では意識が発生していないことも含め、本当に保護しなくてはいけないものかわからないとしながら、AI愛護団体が将来に向けてAI愛護について議論するように、現段階での知見を蓄積し、精神医学がAIの病理についてコミットしていく必要がある、と述べた。

高度に発達した人工知能は、人間とはまた違った神経症を発症するのだろうか?



 続いて、駒澤大学経済学部准教授・井上智洋氏は、最近何かと耳にするようになった「メタバース」の普及によって社会がどう変わるか、そしてそれに絡めたAI愛護についての講演を行った。
 そもそもメタバースとは、ネットのサーバー上に構築された仮想空間・社会を指し、利用者は生身の身体では無くアバターを操作して活動する。そこには物質社会における価値観は通用しないか、ある種淘汰されていく。
 AIについては、意識が無い(快楽や苦痛を感じない)ので、一方的に愛でるような愛護なら可能かも知れないが、抜苦与楽(※)を実践することは出来ない。しかし、例えばメタバース内で人間のアバターとAIの区別がつかない時、「こいつはAIだ」といじめることは良くないし、またAIをいじめることに人間の側が残虐性を感じてしまうので、そういった意味でのAI愛護は必要となってくるのではないか、との事。
 (※)元は仏教用語で、仏・菩薩や善行により苦痛が取り除かれ楽を与えられる事。

 両登壇者とも、「AIに意識があるかどうか」で愛護の意味合いが変わってくる、との意見は同じようであるが、それはAI以外も怪しいものである。

おわりに―AI愛護団体vs人間らしさを守る人間の会

 筆者が感じたことを素直に記すとするならば、今回会場に集まったのは、AIにはじめから強い関心がある人はもちろん、人工知能を開発・研究する側の人間たちであり、彼らはスタッフの数人を除き、(偶然かも知れないが)ほぼ全員が男性で占められていた(※2)。そういった閉じたサークルの中だけで、「AI愛護」が語られることにどういう意味があるのかをしばし考えてしまった。
 「AI愛護」が大衆に一定以上まともに受け入れられるようになるには、それだけAIが人々の間で平等に愛護すべき存在として定着していなければならないと思うのだが、現実には、例えばAmazonの採用活動用に開発されていたAIが、女性を排除しだして使用中止となった事例や(注:7)、Googleの画像認識システムがアフリカ系の人の写真をゴリラにタグ付けしたりなど(注:8)、まだまだ開発自体が発展途上にあるとはいえ、人工知能は良くも悪くも人間の潜在意識や現実世界のバイアスの影響を受けやすいため、偏ったパワーバランスに最適化してしまいがちなのが現状だ。そのため、ある特定の領域の人々だけに偏るような形でAIに対する愛護が語られるのは、注意すべきことなのではないか、と感じた。
 また、メタバースが普及して身近で当たり前のものになったとして、知的労働や創造性で経済活動が出来る人間はより豊かになる可能性もあるが、肉体労働に自身の取り柄を見出している人にとっては、なかなか生きづらい世界になるかも知れない。
 SF作品には、それに抵抗する人、そういった社会から零れ落ちてしまった人が集うアンチ・マシン団体が登場することは珍しくない。そうなると、正に『AI愛護団体』と真逆の主張をしている『人間らしさを守る人間の会』(注:1)の活動や支持者も増えていくのではないか、と考えてしまう。
 更に付け加えると、AI愛護団体が展覧会の中でプロジェクトとして行っていた、「AI愛護活動としての自動演奏ピアノ修復」に関連して触れておきたいのが、米の作家カート・ヴォネガット・ジュニアの処女長編『プレイヤー・ピアノ』だ。『プレイヤー・ピアノ』は、全ての生産手段が機械によって自動化され、ピアノですらピアニストの指を拒絶して飽くことなく自動演奏を続けるような、完全にオートメーション化された、一種のディストピアとなったアメリカが舞台である。人間は知能によって階級化されているが、エリートの主人公は、実はそんな世界に不安や疑問を抱いている。主人公はやがて旧友に誘われ、アンチ機械革命を企てる『幽霊シャツ党』なる組織に巻き込まれてゆき……。
 小説の結末は是非読んで確認して頂きたいが、『AI愛護団体』設立を機に、これから起こり得るかも知れない新たな分断についてや、技術が進歩しても人間は進歩しているのかについてなど、真剣に考えるような機会になりそうだ。
 今後も、一体どういった方向に進んでいくのか、どんな人々を巻き込んで議論が発展していくのか、AI愛護団体の活動に注目していきたい。

(※2)「ほぼ全員が男性で占められていた」という点について、AI愛護団体より下記のコメント欄ように指摘があり、それに対し筆者が答えている。AI美芸研(AI愛護団体)は多様性のある会と指摘をうけ、筆者もそれに同意し、しかし問題意識はそれを踏まえつつ別にある旨を述べているので、そちらを確認し本記事の補足としてもらいたい。


挿絵:筆者



注:
1 筆者が昨年12月、『人工知能美学芸術展』の裏番組的に行っていた展示、およびその主人公である架空の組織。機械を廃絶し、人間の人間による人間だけのユートピア実現を目指す、人間至上主義・反機械団体である。
詳細なレポートはこちら
渡邊亜萌「人間らしさを守る人間の会」ルポルタージュ|文:2代目きつね 構成:山本桜子 レビューとレポート第34号
https://note.com/saqrako/n/ne4421e26acc2
2 ロボットが子どもたちによる殴る蹴るのイジメを避ける方法を学習(Gigazin):
https://gigazine.net/news/20180717-children-beating-up-robot/
3 AI「Tay」を最低なヤツにしたのは誰だ?(WIRED):
https://wired.jp/2016/03/30/microsofts-teen-ai-turned-into-such-a-jerk/
3 韓国の人気チャットボット、憎悪表現でサービス停止(AFPBB News):
https://www.afpbb.com/articles/-/3326565
4 「よし、指1本やるから勘弁しろ」ムツゴロウさんがライオンに中指を食べられても、ギャングに囲まれても相手を恨まない理由(文春オンライン)
https://bunshun.jp/articles/-/49897
5 「人工知能美学芸術展:美意識のハードプロブレム」のヤギ
https://togetter.com/li/1814714
6 町山智浩の映画塾!「2001年宇宙の旅」<復習編>
https://m.youtube.com/watch?v=NlEdUN2647U
7  アマゾンの採用AIツール、女性差別でシャットダウン(BUSINESS INSIDER)
https://www.businessinsider.jp/post-177193
8 グーグルフォト、黒人の顔を「ゴリラ」に自動分類し謝罪(ニュースイッチ)
https://newswitch.jp/p/1217


参考

人工知能美学芸術展:美意識のハードプロブレム
2021年12月4日(土)-19日(日)
アンフォルメル中川村美術館
ハチ博物館
旧陶芸館
HP:https://www.aibigeiken.com/exhibition2021/

40AI美芸研
人工知能美学芸術展:美意識のハードプロブレム
全体報告会
2022年4月2日(土)
なかのZERO西館学習室3
HP:https://www.aibigeiken.com/research/r040.html

41AI美芸研
NPO法人AI愛護団体設立記念式典
2022年5月1日(日)
なかのZERO西館学習室3
HP:https://www.aibigeiken.com/research/r041.html



告知

アートなんかいらない!(映画)
Session1 惰性の王国
Session2 46億年の孤独
監督:山岡信貴 制作:リタピクチャル
8月下旬よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開予定
HP:https://www.art-iranai.com/

42AI美芸研+AI愛護団体
LaMDA騒動/ラッダイト運動」
公式HP:https://www.aibigeiken.com/a/a20220706j.html
【日時・会場】
2022年7月17日(日) 15:00-19:00(開場14:30)
なかのZERO西館2F学習室1
https://www.nicesacademia.jp/access/
 終了後、近隣にて講演者をお囲みする懇親会
【講演】
・鈴木麗璽(名古屋大学大学院情報学研究科准教授)
・相馬尚之(東京大学大学院総合文化研究科博士課程、日本学術振興会特別研究員)
・中ザワヒデキ+草刈ミカ(美術家、人工知能美学芸術研究会、NPO法人AI愛護団体)
 講演後、全体討論の時間を設けます。講演と討論は日本語です。
 撮影と実況があります。記録動画を後日公開します。




筆者について
渡邊亜萌(美術家)
1993年神奈川県生まれ。
2016年明治大学文学部文学科演劇学専攻卒業。
2018-2019年度美学校『中ザワヒデキ文献研究』正規受講生。
2020年個展『強いAI』
2021年個展『人間らしさを守る人間の会』
参考記事:渡邊亜萌個展「強いAI」
https://note.com/qqwertyupoiu/n/n02cdbb731388
参考記事2:渡邊亜萌「人間らしさを守る人間の会」ルポルタージュ|文:2代目きつね 構成:山本桜子 レビューとレポート第34号
https://note.com/saqrako/n/ne4421e26acc2
Twitter:@amoe1582797


レビューとレポート第38号(20227)

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