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ローマでサロンパスを探す

先日、サロンパスキャラクターのはるおと出くわしたので90周年おめでとうございますの気持ちをこめてハイタッチしてきた。

サロンパス はるお

サロンパスといえば20年近く前の初めての一人旅を思い出す。仕事を辞めて時間があったこともあり、イタリアの遺跡や教会、美術館を自分のペースで見て回る旅だった。

旅はローマから始まった。

夜の広場

スマホがまだない時代で、紙の地図だけで目的地へたどり着くのは方向音痴にとってはなかなか難しい。でも時間に縛られない旅では、迷った先で思いがけなく美しい建物を見つけたり、かわいい猫に出会ったりと予定外の出来事も楽しみのうち。ついつい浮かれて歩きすぎ、3日過ぎるころには足が疲れてパンパンになってしまっていた。

これからまだまだ歩き回りたい、とホテルの部屋で思いつく限りの対処法を試していた。バスタブがないので足湯はできず、シャワーの水圧も弱めでマッサージにならず、ストレッチもいまいち効果がない。そのうち足にサロンパスを貼るといい、と聞いたのを思い出した。

どこかで買えないだろうか。「サロンパス」という商品名より「湿布」と言った方が伝わるかもしれない。持参の電子辞書で調べると、bagnolo,compressa,impaccoなど複数出てきた。どれが適切かはよくわからないけれど、どれかは伝わるだろう。

翌日、トレビの泉に向かった。ローマに着いた初日に、その近くでFARMACIA(薬局)と書かれた十字の看板を見た記憶があったのだ。古い建物の1階で重厚感のある店構え。中に入ると、商品があまり置かれておらず、立派なカウンターの向こうに白衣を着た店員が立っていた。

その時まで知らなかったのだが、イタリアの薬局は日本のドラッグストアよりも調剤薬局に近い。市販薬でも薬剤師に症状を伝えて適した薬を出してもらう形式なのだ。

「何をお探しですか?」と声をかけられた。予想と違う店の様子に焦りつつ、「Il bagnolo,per favore」だの「Vorrei un impacco.」としどろもどろに伝えた。発音と活舌が悪いので、今思えば「シッ…プ…ホ、ホシイ…」こんな感じだったのではないだろうか。

生真面目そうな薬剤師の女性は、突然入ってきた外国人がぼそぼそ何か言ってきたことに驚いたようだった。が、何か欲しがっているということは分かったらしく、真剣な表情であれこれ質問してくれた。ちょっとイタリア語教室に通った程度ではネイティブの早口には到底ついていけず、何を聞かれているのかさっぱりわからなかった。

電子辞書で「筋肉痛」「肩こり」といった単語を調べて見せると、奥から何か持ってきて「これ?」と差し出された。大きな瓶入りのクリームで、こちらのイメージと違う上に重そう。次に「貼る」という単語を見せた。しばらく考えていた彼女が「その辞書は私にも使える?」と聞いてきたので手渡すと、何やらイタリア語を入力して返してくれた。見ると聞いたこともない医療用語が表示されており、さっぱりわからない。

手詰まり、そんな言葉が浮かんだ。もういいです、と店を出てしまおうか、せめて適当な買い物をして、と考えたが、相手は真剣にこちらの言葉を待っている。薬剤師としてのプロ意識が伺え、中途半端にして帰るのは失礼だろう。でもこれ以上どうすればいいのか。店内に沈黙が流れる。

つい「サロンパスが欲しいだけなのになぁ」と独りごちた。すると、薬剤師さんが身を乗り出し、「あなた、サロンパスが欲しいの!?」と聞いてきた。予想外の質問に戸惑っている間に再び奥に入った彼女が持ってきた箱には、「Hisamitsu」「SALONPAS」の文字。そうこれ!と答えた私に、ウインクしながら「サロンパァース」と歌うように告げた彼女は得意そうだった。

こうして、イタリアでサロンパスを買うというミッションは終了した。最初からサロンパスで通じたとは。ワールドワイドな商品だと知らなかった不勉強を一人ローマで恥じた。肩や足にサロンパスを貼っている絵を描けばもっと早く伝わったかもしれない、と気づいたのは帰国してからだった。

ようやく手に入れたサロンパスは、普段使っているものより分厚く値段も高めだったけれど、疲れた足を癒してくれた気がした。翌日からまた街を歩き、バチカンのサンピエトロ大聖堂のクーポラにも登れてしまった。

サンピエトロ大聖堂のクーポラからの眺め。階段を上る。

今はスマホの翻訳アプリを使えばもっとスムーズに会話できるし、欲しいものの画像を見せれば一発で伝わる。あんなに四苦八苦することは多分もうない。けれど苦労して冷や汗をかいたことが今ではいい思い出だ。あの日、こちらのつたない話を聞いてくれた薬剤師さんには感謝している。


歩く。

この初めての一人旅から10数年後にもイタリアの薬局にはお世話になった。その時の記事はこちら。


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