33歳でADHD診断された話

31歳で神奈川県から東京に引っ越してしばらくは

地元の精神科に薬をもらいに通っていたけれど。

さすがに通うのが厳しくなったこと、
行っても主治医が体調不良で急に病院が休みだったり…
そんな中で
気分の落ち込み度合が増加し
生活に支障をきたし(気分変調症の悪化)

東京の家の近くで病院をさがして行くことに。

診察を受けて 判明したのは。


ADHD(注意欠陥多動性障害)

自分の場合は「注意欠如優勢型」というものだった。

インターネットや書籍で調べると出てくる例に
よくある感じ。
(気になる人はネットで調べてみて下さい)

「普通に仕事をしたりするのは可能だけど、人並みにやろうとすると すごく頭が疲れるんだよね。そこから気分が落ち込んでしまうんだよね。」

みたいなことを

医者から告げられ納得。
失敗して人並みにできない自分を責めてしまい
鬱ぽくなる事も多くて

学生時代から

「世界で一番、信用出来ない人間は自分自身だ」
とずっと思っている。まじで。

他人様には迷惑をかけられないと思っているので
頑張って「普通の人並み」をやっているが、とても疲れる。
「脳が疲れやすい」という医者の言葉がしっくりきた。

現在はアトモキセチンという薬を処方してもらってのんでいる。

発達障害。。。

(診断当時)3年付き合っている彼氏に言ったら

「そんな感じだと思った」というような別に何も驚かない反応

母親に言ったら

「そういえば、子供の頃からずっとそうだよね」と、納得された(あたしが子どもの頃はADHDというか発達障害という言葉とか聞いたこと無かった。最近、テレビでやってたりして親も知ったようだ)

今までの人生は母親がカバーしてくれたからなんとかなってたような気がする。

気がするのではなくて、ほぼ母親のおかげでなんとかなっていたのだ。親のありがたみが染みる。

とにかく忘れっぽいし、失くし物が多く
片付けも苦手。
物理的にもごちゃごちゃだし
脳内もごちゃごちゃとしている。

公共料金の支払い忘れで何度止まった事か。
しかも支払い用紙を失くすというダブルパンチ。


気が散りやすくて興味がある物を見付けると
突撃していく為、
通勤途中に自動販売機のラインナップを見て
ガチャガチャのラインナップを眺めていて
なかなか先に進めない事も多々ある。

逆に過集中もあるので
趣味に没頭して大事な事を忘れたり
疲れきってするべき事もできなくなるまで
継続して作業をしてしまったりする。

厄介なのはお金の管理が苦手な事。
衝動性が高い時にお買い物しまくり
しかもクレジットカードでリボ払い。
気がついた時にはかなりの金額になって
恥ずかしい話、親に代わりに一括で支払いを
してもらったことがあった(10年くらい前)
あれからカードは持っていない。


小さい子供がこうだったら仕方ないね~なんて
言われて終わりだが

自分はもう大人で。
世間的にはいい歳をしたおばさんなのだ。

これはやばい。


なんとかせねばとiPhoneで
タイマーをセットしたり色々と試しているが
まだまだ試行錯誤して改善しなければ
ならない点が山積みだ。


8歳年下の彼氏に
「行動のどこまでが障害なのかわからない
(手助けをする度合を迷う)」と言われる。
整理整頓や声掛け等はよくしてもらっている。
一番助けてくれている人なので頭が上がらない。
彼のファインプレーで何度助けられたことか。

職場では更新面接時に伝えたけど
「大丈夫ですよ。このまま働いて下さい」との事。
ありがたき。

周りにも積極的には伝えていない。
伝える必要がある場合だけ言っている。

「そうだったの?わからなかったよ~」
って反応だった。みんな優しくしてくれて感謝。

勤怠だけはなんとか…なんとか!生活のために!
そして何より職場の人に迷惑かけたらいけない!
って思っている。

ADHDを看板のようにして
「できません。できないんだから
仕方がないでしょ!」
と開き直るのは自分はしたくない。

特性の一部なので
「こういうところもあります。
ご迷惑をお掛けしたら申し訳ありません。
改善方法は考えますので、もし良かったら
ご協力をお願いします。」
というスタンスでいきたい。

卑屈になる必要はないが
謙虚な気持ちは大切だ。絶対に。

自分にとってADHDは人生に引っ付いた
課題の一部なんだろうなと考えている。
認めながらも
うまく共生していくことを諦めない姿勢。
それが一番大切なんだろうなと
診断から2年が経とうとする現在、感じている。


【※これはあくまで筆者の場合です。
症状等は個人差がある事を
ご了承いただければ幸いです。】


2021.9.11    うさぎ

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