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大学でカルトの勧誘についていった話

いろいろな人がカルトの勧誘にあった思い出を語っているのを見て、わたしも昔のできごとを書き留めておこうと思った。

00年代の後半。地方から大学進学のため上京してきて一か月も経たないころだったので、四月の後半、GWが始まる直前ぐらいだっただろうか。
大学のキャンパス内で、女性の二人組に声を掛けられた。
二人とも同い年ぐらいの若い女性だった。

ボランティアサークルなんですけど、興味ありませんか?」

そのころにはサークルの勧誘活動もひと段落していたので「今の時期に声を掛けてくるなんて珍しいな」という第一印象を持った。
そのときちょうど構内案内図を見ていたので、わたしが新入生だとわかったのかもしれない。

わたしは詳しく話を聞くことにした。
正直、ボランティアにはあまり興味はなかったが、暇だったのと、まだ親しい友だちもいなくて寂しかったんだと思う。
そうしたら、部室でゆっくり話そうと言われた。
サークル棟に向かうのかと思ったら、学生街のビルの一室を借りて部室にしているという。
入学したてのわたしは「そういうサークルもあるのか~」と素朴に思っただけだった。

着いたところは、たしか十二畳ぐらいのワンルームだったと思う。
人が住んでいる感じはなくて、事務所というか公民館の会議室のような。
それこそ公民館の会議室に置いてあるような合板でできた折り畳み式の長机とパイプ椅子が並んでいて、そこに座らされた。
二人の女性はわたしの向かいに座った。

わたし以外には先客が一人いた。
同い年ぐらいの女性で、彼女を勧誘していたのはこれまた同い年ぐらいの男性だった。
先客の女性は熱心に話を聞いていて、「(このサークルに)入ります!」と言っているのが聞こえてきた。
後から考えてみるとサクラだったのかもしれない。

椅子に座ると、まずはポータブルDVDプレイヤーで映像を見せられた。
既に記事タイトルでこれがカルトの勧誘であることをネタばらししてしまっているので、読んでいる人は怪しげな教祖様のお話を聞かされたのかと思うかもしれない。
そんなことはなく、団体の活動を紹介する映像だった。
今のように動画編集ソフトもそこまで普及していない時代にしては学生が作ったとは思えないほど手の込んだ出来で、そこがおかしいと言えばおかしかったかもしれないが、宗教色は一切なかった。

団体の主な活動は、街の清掃活動らしかった。
あとは、聞いたことのない著書で聞いたことのない賞(たぶんその宗教団体の設けている賞なのだが、そのときはわからなかった)を獲ったとかいう偉い先生を招いて、たまに勉強会をしているようだった。
環境保護と世界平和を目標として活動を行っているという。
「なんか言っていることは大きいけど、やっていることのスケールが小さいな…」という印象を持った。
それで団体への興味を完全に失った。

DVDを見終わったあとは、GWにやる新歓合宿に誘われた。
みんなで偉い先生の話を聞いて勉強する時間はあるものの、基本的にはBBQをしたりして親睦を深めるのが目的ということだった。
既に興味を失くしていたので、お断りした。
しつこく引き止められたりはしなかったが、なぜその女性たちがこの団体に入ったか、入ったことで仲間ができて楽しいという話はされたように思う。

話の内容をよく覚えていないのは、彼女たちの顔をずっと見ていたからだ。
なんだか異様に澄んで、キラキラした目をしていた。口元は常に微笑んでいるんだけど、笑っている感じはしなかった。
後から捏造した記憶じゃないかとも思うのだが(カルト宗教を信じている人の目が異様に澄んでキラキラしているってステレオタイプすぎるので)、やっぱり何度思い出しても「こんな綺麗な目の人たち初めて見たな…」とちょっと怖くなった記憶がある。

帰り際、買いたい本があったので「この辺まだ詳しくないんですけど、品ぞろえのいい本屋さんってどこですか?」と訊いた。
彼女たちは困った顔で「ちょっとわからないなぁ」と言った。
わたしは「大きな理想を掲げてはいるけど、自己学習のために本を読んだりとかはあんまりしないのかな…やっぱりちょっと残念な団体だな…」と思った。
たぶん、彼女たちが本当はわたしの大学の学生ではなく、近辺に詳しくなかっただけなのだが。

これが事の一部始終だ。
これだけだと、なぜわたしがこの団体をカルトと決めつけているのか、疑問に思われるかもしれない。
わたしも最初は「なんか変なサークルの勧誘にあった」と思っていただけだった。しかしその年の秋ごろになって、キャンパスに注意喚起のポスターが貼られるようになった。
「大学のサークルを装った宗教勧誘が発生しています」
雑居ビルの一室に連れていかれて動画を見せられるという手口まで書かれていたので、そこでようやくわたしはあれが宗教勧誘だったことを知った。
そしてその宗教団体が今話題の某カルトであると知ったのは、今回いろんな人の語りを見ていて、「あ、理念と活動内容からして、わたしの誘われたサークルって完全にこの団体の関連組織じゃん…」と確信してしまったので…(怖いので具体的な団体名は出さないけど)。

個人的には信教の自由を支持しているので、反社会的でない団体がちゃんと宗教団体であることを名乗ったうえであれば好きに勧誘してくれて構わないのだが、わたしのときは完全に宗教団体であることを隠していたので、さすがにそれはフェアじゃない…と思うのだった。様々な報道を信じれば、そもそも相当に反社会的な団体が母体にあるしね…。

この話を書いたのは、別に武勇伝を語りたかったからではない。
勧誘されているときに違和感を覚えたポイントはいくつかあったけど、それも「カルトの勧誘では?」と疑ったのではなく「なんかちょっと物足りない団体だな」と思ったに過ぎなかった。
現にその後半年ぐらいは、このできごとがカルトの勧誘であることにさえ気づいていなかったのだし。

ただ単に奇妙な思い出のひとつとして書き留めておきたかったのだ。