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「業界全体を見てほしい」: 有名シェフは、米国の外食産業全体の救済を求め、保険会社を訴えた。

ウェブマガジンのFast Companyに連載中のRestaurant Diariesシリーズでは、食品業界に生きる人々が、コロナウィルスの時代をどう生きぬいているかを取材している。今回はトップシェフのトーマス・ケラーへのインタビュー。コロナ禍の中、彼はNPOを設立し、保険会社に対して訴訟を起こしている。彼らが求めるものは、自分の店につながる農家や関連産業全体への救済だ。ヤスミン・ガグネによる記事(2020年4月10日掲載)を日本語訳した。
原文: https://tinyurl.com/y78ndy8y
トーマス・ケラーの経営する店は、どれもみな繁盛していた。カリフォルニア州ヤントビルのThe French LaundryやニューヨークのPer Seなどだ。3月にウィルス流行が全米に広がり、まず彼は1200人の従業員をほとんどを解雇し、そのレストラン帝国の歴史に幕を閉じた。つぎにその従業員のために救済基金を始めた。そして現在は、数人のトップシェフとともに、保険会社のハートフォード火災保険と訴訟中である。ケラー氏に、コロナウイルス関連の事業損失の補償ついて話を伺った。

トーマス・ケラー: レストラン業界には、仲間意識、兄弟愛、思いやりがあります。お客様との心のつながりは欠かせないものです。私たちは9.11やハリケーン災害(※1)の被災地で食糧援助を行いました。困っている人々に支援が届くように努めてきたのです。

しかし、今はレストランのほうが助けを必要としています。一番心配なのは、家族経営の小さなレストラン、近所の中華のテイクアウトの店、まちの居酒屋、バーなどです。レストラン業界全体から見れば、私の会社の損失なんて微々たるものです。でも中小規模の飲食業は自転車操業です。彼らにはローンや福利厚生を管理するための弁護士やスタッフもいません。いま崖っぷちに立たされているレストランは全米で50万軒はあります。やりきれなくて、胸が張り裂けそうです。

一軒のレストランがつぶれるとき、その向こう側に誰の苦しむ姿が見えますか?地域社会、農家、配管工、電気技師がいます。また、衣食住に困難を抱えて、レストランの残り物をたよりに暮らしている人などもいます。たとえば、バーモント州のダイアン・シンクレアは、牛10頭の小規模酪農家です。彼女は私たちを含めて2、3軒のレストラン用にバターを作って生計を立てています。最近は売れないので、搾乳したら処分しているそうです。Elysican Fields Sheep Farmのキース・マーティンは、あと2週間で倒産だと言っていました。彼とは23年の付き合いで、飲食業界と動物の関係を見直すきっかけを作ってくれた、私の恩師です。支援として、ダイアンのバター、キースのラム肉、他の小規模農場の野菜を使った「シェフのおすすめセット」を企画しました。これをネットで販売し、うまくいけば、彼らは状況を打開できるかもしれない。医師や看護師、現場の人々への支援が最優先されるべきなので、あまり外食業界を中心に考えすぎてはいけないのですが、大切なことです。

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こんなときに、保険会社はこの危機に対して動いていません。The French Laundryをオープンして以来、保険会社のハートフォード火災保険会社と契約をしていますが、いま彼らを相手取って訴訟をしています。事情があって業務を中断する場合の補償プランに、私は、過去25年間に約1500万ドル支払ってきました。いま飲食業界には保険会社からの支払いを必要としている人がたくさんいます。しかし、その多くはウィルスについての規定がないという理由で、救済措置を拒否されています。この点は2003年にSARSが発生した後、多くの保険会社で基準が定められた部分です。彼らの対応は、まるで既往症で医療保険を拒否するのと同じです。非常に無責任かつ倫理に反することだと思います。

私がハートフォードと契約しているプランには特別条項があります。そこにはウィルス対策や蔓延による休業や営業中断も補償対象となると明記されています。しかし、私には何も支払われていません。支払った保険金が、救済のために使われないのは奇妙な話です。いま保険会社が任務を怠るなら、将来的に誰が保険会社を信用できるでしょうか?もし保険会社の助けで、レストランが生き残れるなら、みんな喜んで保険料を払い続けるでしょう。50万店が共倒れするより、そのほうがましです。私たちの訴訟や判例が皮切りとなって、方向転換ができればいいと思うのですが。

私は他のシェフと共に(※2)「ビジネス介入グループ」というNPO団体を立ち上げました。レストランを補償するように保険会社に法的・政治的圧力をかけることがねらいです。最近トランプ大統領とも話をしました。保険会社は、お金を分配するための優れた経路です。会社にはノウハウがあり、危機に対応する算出能力もあります。本来は保険会社を通して、効果的な救済策を行えるのです。もちろん政府が協力するには時間がかかります。あくまでもこれは当座の助けにしかなりません。それでも政府が保険会社の後ろ盾となれば、私たちに対して責任を果たすこともできるでしょう。

一般の人々も、お気に入りのレストランやサービス業に思い入れをもっていますね。私たちも必要とする人たちに応えたい。この危機を通してお互いを育て、支えるために協力したいのです。保険会社が助けてくれることを願います。

注釈
※1 ハリケーン災害:
カトリーナ(2005年)とサンディ(2012年)のこと
※2 ほかのシェフ: ウォルフガング・パックジャン=ジョルジュ・ボンゲリヒテン
写真提供
ヘッダー画像:Deborah Jones
文中イラスト: Flickr City Foodsters https://www.flickr.com/photos/cityfoodsters/19325919905


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