惨(ざん)の記⑤完結

堀家


突然大姫様がお見えになった。
藤内光澄に会いたいというのだ。
藤内光澄といえば、他ならぬ義高殿を、直接手を下して討ち取った者だ。

最期が聞きたいのだ。
ぜひ会わせて欲しい。

いとけない姫の切実さ漂うおっしゃりように絆され、私は藤内を呼びにやらせた。


藤内は若いに似ず、脂ぎった中年のような雰囲気の男で、姫の前にかしづいても、贅(あま)り肉が小山のようで、俊敏だったであろう木曽若様をどうやって捕まえたものか、我々も実は怪しんでおったのだ。
所要と申し席を立つ。
そのまま植え込みの陰から、様子を窺っていると、姫が藤内に何やら囁いた。
かしづいたままの藤内の身が震う。
からかうように、なぶるように、姫様が二言三言放ったかと思うと、藤内がいきなりかっと瞳見開き、姫に襲いかかったではないか!

なっ何をする!!
出会え!出会ええっ!

叫んで植え込みから飛び出してゆく。
郎党が駆けつける間に姫君、護り刀を構えていた!

あにさまの仇!!

小さなからだが藤内の腹にすっぽり収まったかと思うと、藤内はぐううっと声千切れた。

姫様から離れよ!

言いざま藤内を斬り下げる。
寄ったのも斬りつけたのも姫様のほうなのだが。
こういう時は姫様、あるいは御殿の側で発想するのが家人の務めである。
私は藤内を、問答無用で成敗した。
時は六月二十七日。
そなたらの暦なら八月五日。
藤内光澄は晒し首にされ、腐り落ちてもそのまま捨て置かれた。

その後姫様はどうじゃ。

一言も発されんそうじゃ。
瞳も何も捉えておらず、日がなぼーっとされておるという。

御台所様には他のお子もお生まれになり、世襲ご準備は整ったようじゃし、そのままお過ごしになれるのではないか?

いやー。
お館様は大様を入内させたいらしい。
じゃが強いるたびに、姫様は泣いて喚かれるそうじゃ。



後譚


妾は木曽義高の妻(さい)じゃ!
それ以外の何者でもない!

今日も大様が叫んでおられる。
あのお言葉だけは淀みなくおっしゃるが、それ以外は、とんとお口を開かれぬ。
幸氏も私もさしたる罰を受けることもなく、すんなりと鎌倉御家人に横滑りした。
幸氏は父兄亡きことと、年格好が義高様を彷彿とさせることから、御台所に後見されて。
私は家業の牧畜が、騎馬兵を欲する鎌倉の都合と一致して。
ともに弓では一廉の将として、一目置かれている。
されど。

亡くなる前月には、我らより、義高様のが上手になられていた。
御台所の御目は、本当に正しかったのである。

藤内光澄亡き今、義高様のご最期を知るものは大様だけである。
その大様が閉じこもってしまわれるほどのご最期だったということの悲惨さと、それを絶対御語りにならないであろう、私や幸氏が知ることはないのだという理不尽さに、私の涙は終わることを知らぬ。
それでも。
きっとこれでよいのだ。

大様は結局、義高様以外のどなたとも縁付くことなく、建久八年七月十四日、御身罷られた。
あなたがたの暦における1197年8月28日。
享年二十才であった。


それでも地球は回っている